つまり「昭和100年」と言いながら、その場で目立ったのは昭和そのものでも、天皇陛下のおことばでもなかった。もしおことばがあれば、昭和という時代を振り返る以上、戦争や平和について語られたかもしれない。しかし無かった。「昭和100年」というより、「高市政権が考える昭和」が前面に出た式典のように見えたのである。

石破氏に「保守とは何ですか」と尋ねると…

 こうしたニュースを思い出しながら、私は別の「保守論」も耳にした。高市首相を支持する人たちからはあまり歓迎されない人物の言葉を紹介しよう。石破茂氏である。

 先日、ラジオ番組で筆者は石破氏にこんな質問をした(『プチ鹿島 赤坂タイムス』6月6日)。

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石破茂前首相 ©文藝春秋

「石破さんが最近『左』と言われることをどう思いますか」

 石破氏はこう答えた。

「昔は極右と言われたが、今は左だと言われる。言っていることはずっと変わっていない。座標軸が動いただけです」

 さらに「保守とは何ですか」と尋ねると、

「保守とはリベラルです」

 と答えた。

 石破氏は保守とはイデオロギーではなく「態度」だとも述べている。保守の本質は寛容だとも語る。他者の意見に耳を傾け、自分とは異なる考えの存在を認めること。

 もっとも、石破氏自身が、その理想をどこまで実践できたのかといえば話は別だ。首相時代を振り返れば、理想と現実の距離は決して小さくなかった。それでも興味深いのは、高市氏が語る保守と石破氏が語る保守が、ずいぶん違って見えることだ。

 そもそも保守とは何なのか。最近のニュースを追っていると、そんな問いばかりが頭に浮かぶ。やはり誰かを指さして「右翼」「左翼」「保守」「リベラル」と呼ぶことは、そう簡単な話ではないのである。

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