――声優デビューしてからはどうだったんですか。声優だけで食べていくのは難しく、なかなかアルバイトを辞められないとは聞くんですけれども。

古谷 私は2011年に『日常』という作品の東雲なの役でデビューさせていただきました。ありがたいことに、当時はまだ事務所には正式所属じゃなく研究生の時でした。『日常』の仕事は、ブルーレイの特典映像で日本中にロケに行って撮影をしていたので、もうアルバイトをしている時間もなくて。その時は大変でしたが、生活は安定してました。あと、他のアニメの仕事とかもあったりして。

©佐藤亘/文藝春秋

 ただ、25歳くらいにちょっと詰んでくるじゃないですけど、だんだんお仕事が減ってきたりと壁にぶち当たり、2014年には事務所を退所しフリーになりました。

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「今日は歩いて帰ろう」誕生日の前祝いの後、交通事故に

――交通事故に遭ったのはいつ頃だったんでしょうか。

古谷 フリーになった翌年の2015年、私が26歳の時です。事故当日は、私の誕生日の前祝いみたいな感じで友達と会って、気分良くなっていたんです。それで「今日は歩いて帰ろう」と最寄駅の一駅前から降りて歩いて帰った時に事故に遭いました。深夜0時前くらいだったと思います。トラック側の完全な不注意で助手席の人間と話しているうちによそ見運転をして事故になったみたいです。

 事故に遭ったのは後から知ったんですが、もともと交通事故のすごく多い交差点でした。私が交通事故に遭う少し前にも、同じ交差点で男の子が亡くなったそうです。私の交通事故をきっかけに事故の対策がされたと聞いています。

2015年、誕生日の前祝いで友人と会う古谷さん。交通事故に遭ったのはこの日の帰り道だった

――事故に遭ったのはどんな車両だったんですか。

古谷 4トントラックでした。右折する時に私のことに気づかず、そのまま巻き込まれた形だったらしいんですが、事故当時の記憶がなくて。ただ発見された時には、意識不明の状態でトラックの車両の下にいたそうです。たぶん倒れた時に不幸中の幸いで、タイヤとタイヤの間にいたようで、それで事故に巻き込まれながらも奇跡的に生きていられたんです。

――九死に一生ですね。怪我はどうだったんですか。

古谷 体の方は擦り傷くらいで骨折すらしてなかったんです。若干、鼻血出てたぐらいで。顔も綺麗なままだったので「それは本当に良かったね」といろんな人に言っていただきました。ただトラックがぶつかる全部の衝撃を頭で受けてしまって。頭蓋骨骨折とくも膜下出血になりました。あと記憶障害にもなりました。