そこには、カーキ色の制服を着て、どこか滑稽な赤い郵便配達員風の帽子をかぶった警備員が、ドアを押さえて待っていた。

 エレベーターで上がる途中、ふと、最上階が26階であることに気づいた。コンラッドのフロントが28階ということは、27階はどうした? まさか村上春樹風のパラレルワールドとか? フミコさんに訊いてみた。彼女は半ば笑ったような顔で私を見た。“ガイジン”の理解しがたい言動に出くわした日本人におなじみの表情だ。

「さあ、どうしてなんでしょう」と彼女は軽快な声で言った。

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 私が知らない人に話しかけないようにしているのには理由がある。変な人と思われているように感じるからだ。

 26階のエレベーターホールには、平凡なオフィススーツ姿(ダークスーツ、白いワイシャツ、赤いネクタイ)の若い男性が待機していた。私が降りると、彼はお辞儀をしてにこやかな笑顔を見せた。

「ようこそソフトバンクへ、サーマさん。タナカと申します。長旅お疲れさまでした」

写真はイメージ ©faintlight/イメージマート

 溌溂としたタナカさんは、孫のチーフ・オブ・スタッフだった。歩くというより弾むような動きで、途中で何度もお辞儀をしながら孫のダイニングルームに案内してくれた。部屋に着くと、「靴を脱いでお待ちください。孫も間もなく参ります」と言った。

 彼が立ち去る前に、27階のことを尋ねてみた。すると彼は、顔から笑顔が消え、唇と歯のあいだの空気をスーッと吸い込むような音を立てながら頭をかいた。

「わからないです、サーマさん。申し訳ありません」

新幹線並みの時間厳守で孫氏が現れた

 孫の専用のダイニングルームからは、風光明媚な浜離宮の庭園と、その向こうの東京湾が見渡せた。眼下には水と緑、頭上には青い空。どんなときでも目の保養になる組み合わせだ。

 ダイニングルームはフロアの3分の1を占め、スペースの大部分が見事な伝統的日本庭園にあてられていた。盆栽の一つひとつが芸術作品のような佇まいで、すべてがこの現実離れした食事体験の欠かせない一部になっていた。屋内庭園を見渡す東屋には、孫が集めた非常に貴重な書作品のコレクション(そのことはあとで知った)が飾られていた。テーブルには日本の伝統的な掘り炬燵が使われ、ローテーブルの下の床が一段下がっていて、あぐらをかけない外国人に配慮されていた。

 孫は午前11時ちょうど、新幹線並みの時間厳守で現れた。私は彼にお辞儀をした。心からの敬意だった。その昔、あるチャリティーオークションでは、ウォーレン・バフェットとの個人的な昼食に1900万ドルの値がついたことがある。