「そうだ、ゆうべサティア(編集部注:マイクロソフトCEO)と夕食をとったんですよ」と孫が微笑んだ。
サティア? たぶんナデラのことだろう。
場を和ませようとしたのだろうが、まるで私が週末ごとにマイクロソフトのCEOとブリッジをする仲だと決めてかかっているような口ぶりだった。
「そうですか、サティアは素晴らしい人ですよね!」。私の返事は自然と熱が込もった。彼には会ったことがないし、私はブリッジもやらないが、サティア・ナデラが私の友人だと孫が思い込んでいるなら、それはそれでいい。私は嘘はついていない―サンスクリット語で「真実」を意味する「サティア」について嘘をつくのは、とんでもない皮肉になってしまう。彼のことはニュース専門局のCNBCで見たことがあるし、彼のマイクロソフトの舵取りはじつに見事だった。
孫の顔がぱっと輝いた。どうやら、サティアの素晴らしさを認めたことで、私の“正当性”が高まったようだった。
「僕にとってのインターネットビジネスモデルとは…」
「はるばるご足労いただいてありがとうございます。快適なフライトでしたか」と孫は愛想よく言った。
「孫さん、お時間をいただき、ありがとうございます。お目にかかれて光栄です」
丁寧にうなずく彼に、私は自分の経歴を手短に紹介した。1990年代後半から2000年代初めのブーム(景気急拡大)とバスト(縮小)の波のなか、通信とテクノロジー分野を専門にしていた頃の話が中心だった。通信は孫が最も重視している分野だったため、チャイナユニコムを立ち上げ、コリアテレコムを民営化し、アジアやヨーロッパで電話会社を買収・売却した経験を強調した。
「孫さん、私たちはみな、インターネットの黎明期にいち早く投資を行っていたあなたに感服していました。当時、インターネットについてどうお考えでしたか? いまならこうしたと思う部分はありますか?」と、彼の話を引き出そうと水を向けてみた。
そこへカトウさんが再び現れ、4品からなるコース料理の1皿目を運んできた。澄んだスープから始まり、次はパスタ、メインはスズキ、デザートは甘さ控えめのゼリー。量は申し分なく、食材は新鮮で、ソースは軽く、味つけは繊細で洗練されていた。
「お口に合うといいんですけど。新しくイタリア人のシェフを入れました」
カトウさんが静かにその場を離れると、孫は私の質問に答えはじめた。
