孫のことはプーリア州で遠目に見ていたが、間近で目にして印象に残ったことがふたつある。

 彼の動きと服装だ。50代後半の孫は溌溂としているが、歩くというよりは引きずるような足の運びで、地面から足をほとんど離さずに動いた。そして息の詰まりそうな25度に室温が設定されていたにもかかわらず、栗色のカシミアセーターの上に茶色いウールのブレザーを着ていた(これに慣れるには少し時間がかかった。室温が25、6度に保たれている場合、私たちはだいたいTシャツ姿だったが、彼はユニクロのオリーブ色のダウンジャケットを着ていた)。いっぽうの私は、完全なるエグゼクティブ戦闘服で、ありがちなダブルカフスのモノグラムシャツという笑える仰々しさだった。アドレナリンとカフェインのせいで早くも体温が上がっていたため、孫に断って上着を脱ぎ、そばのマットの上に置いた。

 私たちはすわって、テーブルの下に脚を押し込んだ。孫は、屋内庭園の配された開けた空間を背にする席を私に勧め、自分はその向かいの、窓を背にした席にすわった。これは、万一の奇襲攻撃に備えてゲストではなくホストが常に危険な側にすわるという東アジアの形式的な礼儀には反していた。だが私はべつにかまわなかった。自分が軽んじられたとは感じなかったし、忍者に襲撃されると恐れてもいなかった。

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1本5000ドル以上するロマネ・コンティの高級ワインを勧められ…

 孫の“近侍”のカトウさんが、暗殺者のような黒いスーツに白いシャツ、細い黒のネクタイ姿で、不意に現れた。すべるような優雅な身のこなしの、現代的に合理化された日本版ジーヴス〔イギリスの作家P・G・ウッドハウスによる小説『ジーヴス』シリーズに登場する有能な執事〕といったところだ。ひょっとしてカトウさんもジーヴスのように、空いた時間にスピノザの哲学書を読むのだろうか? カトウさんはお辞儀をして「ワインをお注ぎします」と、開栓済みのリースリングのボトルを右手に掲げた。そして完璧な英語で、「赤ワインのほうがよろしいですか?」と、開けていない赤のブルゴーニュワインのボトルを左の手のひらに載せて見せてくれた。ドメーヌ・ロマネ・コンティのラ・ターシュ。

 ラ・ターシュは一度も味わったことがなかった。1本5000ドル以上ともなると、どんなに経費を水増ししても手が出ない。でもいまは、そんな贅沢を楽しむ時でも場所でもなかった。

 私はラ・ターシュを辞退し、孫にならって最高の辛口リースリングを少しだけ注いでもらった。

 カトウさんは陽炎のようにいなくなった。その入退室は、完璧に執行されたステルス作戦のようだった。