親子で半ば興味本位から応募したのだが、1次審査を通り、2次審査のオーディションを上京して受けることになる。その前日、まだオーディションで何を歌うか決めていなかったので、とりあえずカラオケボックスに行き、浜崎あゆみの「Far away」を歌うといきなり採点で100点が出た。それからいろんな曲を歌ったあとで、最後にもう1度「Far away」を歌ったところまた100点を取る。「これはもしかしたらイケるかもしれない」と思った松浦は、オーディション本番でも同曲を歌ったのだった。

絶対落ちると思ったが…

 ただ、オーディションではずっと緊張していて、終わった瞬間、絶対落ちると思ったらしい。結果は1週間後に伝えると言われたが、それをすぎても連絡がなかったので、やっぱりだめだったんだと思っていたら、2~3日ほど遅れて「デビューさせます!」と伝えられた。合格が伝えられたときのことを彼女は《ポカ~ンっていうか。でもなんかすごいうれしくて、「ウワ~ッ!!」ってはしゃいじゃいましたけどねー》と振り返る(松浦亜弥・小貫信昭『亜弥とあやや』ソニー・マガジンズ、2004年)。

松浦亜弥(2002年撮影) ©時事通信社

 デビューが決まり、母や妹2人は応援してくれたなか、父だけは以前より歌手になりたいと言う松浦に「高校卒業してからにしてくれないか」と言っていただけに猛反対する。それでも毎日顔を合わせるたび彼女から説得して、ついには父が折れた。東京に出る当日の朝には、彼女の家に友達が10人ぐらい集まって、花*花の「さよなら大好きな人」を歌って見送ってくれたという。

ADVERTISEMENT

「あやや」命名の理由は?

 CDデビュー前にはドラマ『美・少女日記』(テレビ東京系、2000年)に出演、このとき沖縄ロケで一緒になった先輩の平家みちよ、りんね(カントリー娘。)からは「まちゅうら」と呼ばれていたという。だが、その後、別のテレビ番組の企画で彼女に改めてニックネームをつけることになり、モー娘。のメンバーだった飯田圭織の発案で「あやや」と命名された。亜弥という名前だけでなく、モー娘。の「恋のダンスサイト」(2000年)の「AI YAI YA(アイヤイヤ~)」というかけ声からとったらしい。3文字になったのは、覚えやすく、ファンがかけ声をしやすいという理由もあった。