初めてステージに立ったはCDデビューの3ヵ月前、2001年1月に開催されたハロー!プロジェクトのコンサートで、バラード曲「100回のKISS」を歌った。結局、この曲は1stシングルでは採用されず、代わってアップテンポな「ドッキドキ!LOVEメール」で4月にデビューする。
「ドッキドキ!LOVEメール」は上京したての少女の気持ちを歌った曲で、そこには松浦自身の経験が反映されていた。もっとも、歌詞に出てくるシモキタが下北沢という町だとわからず、レコーディングのときにスタッフに訊いたとか。母親からはリリース後、「なんか元気な感じがあって、亜弥らしい曲だね」「『100回のKISS』より、デビューということなら、絶対こっちの方が良かったね」と言われたという(前掲、『亜弥とあやや』)。
デビュー後すぐにヒットを飛ばす
このあと、6月発売の2ndシングル「トロピカ~ル恋して~る」、9月発売の3rdシングル「LOVE涙色」とアップテンポ曲が続いたあとで、4枚目のシングルとして11月に満を持して前出の「100回のKISS」をリリースした。オリコンのシングルチャートでは「LOVE涙色」が3位にランクインして勢いに乗り、「100回のKISS」は最高で2位に入り、大ヒットとなる。
同曲は松浦の歌唱力を認知させた。音楽評論家・作詞家の麻生香太郎は、彼女の凄味はその歌唱力、それも声量の豊かさや音感の良さではなく、感情をダイレクトに伝えられる能力だと評し、《この曲は前3作とは異なり情景描写も小道具も一切出てこない。松浦は、キーワードである「100回」を単純に英語の「many」の意味に響かせるのではなく、「指折り数えるリアリティのある100回」として表現してみせた》と絶賛している(『日経エンタテインメント!』2002年4月号)。
本人によれば、デビュー前から感情移入することは得意で、ドラマを見たりマンガを読んでいても、気づけば「自分が主人公?」ぐらいの気分になっていて涙も流すことができたという(前掲、『亜弥とあやや』)。
