――「名前は誰でも付けられるよ」という言葉には、どういった気持ちが。
GO 半分は「産んだなら、ちゃんと育ててくれよ」。もう半分は、「自分の分をわきまえてほしい」という気持ちですね。子育てという、人間にとってとても大事なことから逃げたのに、名前を付けたことだけを自分の功績のように語らないでほしい、と。愛憎が入り混じった、自分でも整理できない感情でしたね。
5カ月前に、僕のYouTubeの企画で母親と父親を31年ぶりに再会させたんです。僕の家で親子3人で食事をしようと。そしたら母親が父親にぞっこんで、あからさまに「女」の顔になってるんですよ。甲斐甲斐しく世話を焼いたりして。その光景を見ていて、また複雑な気持ちになりました。「そこまでできるなら、俺が子どもの頃に、その愛情を少しでも向けておいてくれよ」と。口には出しませんでしたが。
最悪の記憶が、僕の人生のコンパスになっている
――アル中の伯父さんやお母さんの高齢者彼氏の存在は、トラウマになっていますか。
GO めっちゃトラウマです。居酒屋で悪酔いして大声を出している人を見ると、当時の恐怖が蘇ってきて、心臓がバクバクします。でも、皮肉なことに、あの伯父さんがいたから、「こういう大人にだけは絶対になりたくない」という、強烈なストッパーにもなっているんです。
例えば、友達とガーッと飲んでいる時に、ふと「あ、このままだと、あれになる」と思って、そこで飲むのを止められる。部屋が散らかってくると「このままだと、あのゴミ屋敷になる」と思って、すぐに片付ける。最悪の記憶が、僕の人生のコンパスになっている。だから、ある意味では、ありがたいっちゃありがたいんですよ。こうやってYouTubeで独立して活動できているのも、ああいう人間の底辺みたいなものを間近で見てきたからこそ、地に足をつけて頑張れるんだと思っています。
――高校卒業後は仕事が続かなかったとのことですが、そうなると住む場所にも困るような状況だったのでは。
GO 始めの頃は、どん底でした。でも、子供の頃の葛藤がハングリー精神を培ってくれてたみたいで、20代前半の頃から、個人事業主や経営者として個人で音楽の仕事をしたり、飲食店を経営したり、YouTuberとして生活費を稼ぐ様になって。今では築100年の大きな古民家で一人暮らしを満喫してます。
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