両親に知的障害があることから、生まれてすぐに乳児院へ預けられ、児童養護施設で少年時代の多くを過ごしたNEXT-GOさん(32)。

 YouTuberやラッパーとして活動する彼に、ラップによって表現する出自に対する苦悩、YouTubeで親のことを語るようになったきっかけ、自分が子供を持つことへの戸惑いなどについて、話を聞いた。

NEXT-GOさん

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ラップがなかったら、僕はとっくの昔に壊れていた

――ラッパーとしても活動していますが、ラップで出自や苦労を表現することが心の支えになっているところはありますか?

NEXT-GOさん(以下、GO) 間違いなくそうです。ラップは僕にとって唯一の自己表現であり、セラピーでしたね。普段の会話では言えないような、親への怒り、社会への不満、自分の境遇への絶望、そういったドロドロした感情をリリックに乗せて吐き出すことで、なんとか精神のバランスを保っていました。誰かに聞かせるためというより、自分のために書いていましたね。施設での理不尽さ、親に捨てられた悲しみ、そういうものを全部ラップにぶつける。それがなかったら、僕はとっくの昔に壊れていたんじゃないですかね。

 YouTubeで話すことも、ある意味でラップの延長線上にあるのかもしれないです。表現方法は違えども、自分の人生を語る点では同じですから。

――YouTubeで生い立ちを話すようになったのはいつ頃からですか。

GO 本格的にやり始めたのは、ここ1年くらいです。もともと20歳の時に面白半分でYouTubeチャンネルを開設していて、その時に一度だけ両親のことを話した動画を出したら、思いがけずバズったんですよ。コメント欄に「もっと詳しく教えてほしい」「自分も同じような境遇です」という声がたくさん寄せられて。じゃあ、ちゃんと話してみようかなって。

 広告収益でお金も稼げるし、昔から音楽活動で自分の生い立ちをラップで歌ってきた経験もあったので、表現方法が音楽から映像に変わっただけで、自分の中では自然な流れでした。タイミングが合った感じです。

――発信することへの後ろめたさはありますか。

GO 両親をコンテンツにして利用している感覚は、正直あります。でも、それに対する後ろめたさはもうないです。むしろ、「僕が子ども時代に失ったもの、与えられなかったものを、これから取り返させてもらいますよ」くらいの気持ちで。

 半分はそういう個人的な動機で、残りは「俺みたいな境遇の人間も、こうやって生きているよ」と世の中に伝えたい純粋な気持ちがありますね。コメントで「あなたの動画を見て救われました」「一人じゃないと思えました」と言われると、自分の壮絶な過去も、誰かの役に立つことがあるんだなと実感できて。ここまで大きな反応は意外だったので、それは素直にうれしいです。