喋る生首を供に旅する若侍を描いたデビュー作から3年半。不思議ばなしの紡ぎ手が3冊目で産み出したのは、人形の声が聞こえるヒロインおりせだ。

「前2作は江戸初期のお話でしたが、今回は元禄期が舞台。おりせは、人形町の人形屋の娘です。父親は腕のいい人形師で、元武家の継母は賢く優しい。わりと恵まれている子です」

『おりせ人形帖』

 病弱な生母を亡くして以来、身の周りの人形たちと喋り続けるおりせの一番の理解者は継母おすまだ。娘に人形の衣装縫いだけでなく、和歌や武芸も伝授し、生きる力を身につけさせる。ある日、父と観た人形浄瑠璃の琵琶法師・蝉丸に夢中になったおりせは、父にせがみ、自分のための蝉丸人形を拵えてもらう。この蝉丸の不思議な力を借りながら、おりせは、人形屋に出入りする様々な人々を助けていく。

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 物語中には、赤い振り袖の抱き人形はじめ、武者人形、這子(ほうこ)(赤ちゃん)人形、飾り馬など、多彩な人形たちがきらびやかに登場する。

「昭和の頃、どこの家にも博多人形とかフランス人形とか、立派な人形が飾られていました。今よりも家にいる時間がずっと長かった女性達と共にある存在でしたよね。私が人形とか、生首とか、猫など、人ならぬ存在を主人公の相棒にするのは、打ち明けた心の秘密を守ってくれるからかもしれません」

 全5話からなる連作集を貫くのは、女の自分だって人形師になりたい、というおりせの思いだ。最初は娘の夢に否定的で縁談をすすめる父の貝助だが、娘の筋の良さに気付き、ついに彼女の人形づくりを許す。腹違いの弟で跡継ぎである清太郎や、朴訥な弟子・斎助(ときすけ)と一緒に、父から学ぶ日々が始まった。

由原かのんさん(撮影:鈴木七絵/文藝春秋)

「私は20歳の頃から作家になりたかったのですが、一直線とは程遠い道のりでした。校正者をやったり、地図の下図を作成したり、とにかく小説というものの近くにいたかった。でも時に、たんに自分は現実逃避をしているだけなのではないか、と悩みました。ようやく50代で賞をいただいて、家族からも作家として認めてもらえたようですが(笑)、そうした自分自身の心情が投影されている可能性はありますね」

 実は由原さんは、福井でそば屋の女将さんとして店を切り盛りしている。隙間時間と週1日の休日を執筆に充てているという。

「第4話『たそかれ』で念願の江戸の祭り、天王祭と山王祭を描けました。神輿だ山車だと男たちが熱狂する傍で、おすまとおりせが一杯やる場面、いいでしょ(笑)」

 おりせは人形師として立てるのか。懐かしく、新しい成長小説が誕生した。

よしはらかのん 1960年生まれ。2019年「首侍」でオール讀物新人賞を受賞、22年単行本デビュー(26年、『首ざむらい 江戸妖かし綺譚』と改題し文庫化)。

おりせ人形帖

由原 かのん

文藝春秋

2026年5月13日 発売

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