あんなに早く結婚させなきゃよかった、と…

 さくらは第1作で裏の印刷会社に勤める諏訪博(前田吟)と結婚するが、この時点では出演者、スタッフの誰もがまさか長寿シリーズになるとは思わず、あとから山田は「こんなに続くのだったらあんなに早くさくらを結婚させなきゃよかった」とぼやいたらしい。なお、山田はシリーズ全50作のうち第3作と第4作(いずれも1970年)を除く48作で監督を務めている。

現在94歳の山田洋次監督 ©文藝春秋

 すでに日本の映画業界がテレビに押されて斜陽を迎えていたなか、『男はつらいよ』は公開すれば必ず観客が入るとあって、年2回、正月とお盆に合わせて公開されるのが恒例となっていった。それにともない彼女もいつも意識のどこかにさくらを置いておき、撮影に入るとすぐなりきれるよう心がけた。第12作『男はつらいよ 私の寅さん』(1973年)の撮影中、取材を受けたときには《ほんとに、さくらと私とごっちゃになっていて、ほんとの私はカゲみたいな気がするの》と語っている(『週刊朝日』1974年1月13日号)。

 このころには、さくらになるためのルーティンもできていて、クランクインが近くなると右手の薬指に金色の指輪をはめた。最初は金メッキだったので1作撮り終えると真っ黒にさびて交換せねばならなかったが、『私の寅さん』を撮ったころには、小道具のスタッフが本物の金でつくってくれたものを使うようになっていた。ルーティンとしてはこのほかにも、撮影初日に前作で使った衣装を着て、「さくらになーれ、さくらになーれ、さくらになーれ」と呪文のように唱えては自分に暗示をかけていたという。

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「さくら」と呼ばれることへの葛藤

『私の寅さん』公開と同時期に放送が始まったドラマ『お姉ちゃん』(TBS系、1973~74年)でも、下町の弁当屋のお姉ちゃんというさくらの延長線上にあるような役を演じ、世間的にも倍賞はさくらと同一視されることが増えていった。やがてそれは彼女を悩ませることになる。さくらを演じ始めて10年あまりが経ったころのインタビューでは、倍賞にしては珍しくこんな愚痴めいたことを漏らしていた。