《さくらさんやってて、最初面白かったのね、やっぱり。道歩いてて“さくらさん”って言われると“ハイ”なんて言ってね。それがやっぱり変わっていって、道歩いている時ぐらい自分でいたいと。“さくらさん”って呼ばれるのがちょっと苦痛だったりする時もあるし。人間ってこういう風に変わるのかなって思うけど。あの、他の所でやっている時にそういう風に呼ばれると、やっぱり……。他の役、一所懸命やりたいと思っているから、あんまりね〈笑〉》(『キネマ旬報』1983年1月下旬号)
年齢でいえば40歳前後のこの時期、倍賞は公私ともに転機を迎えていた。この3年ほど前、1980年に山田洋次監督の『遙かなる山の呼び声』に出演したときには、自分のなかに役がどっぷり入ってしまい、撮影が終わってから自分に戻ろうと思ってもなかなか戻れず、体のなかのものが全部、役に取られてしまい、自身の心が空っぽでカラカラ音がするような気分を味わったという。
翌1981年には松竹専属からフリーになり、初めてほかの映画会社の作品『駅 STATION』(製作は東宝)に出演した。『遙かなる山の呼び声』に続いて主演の高倉健の相手役で、北海道の小さな町の駅前で居酒屋を営む桐子という女性を演じた。
離婚を経験、高倉健との交際も噂され…
桐子は、高倉演じる警官と思いを寄せ合う、気立てがよくてどこか色気を漂わせた女性だった。それまで演じてきた役とは違い、彼女には家族関係などはっきりとした背景がなく、倍賞はそこに惹かれたという。先のインタビューで「他の役、一所懸命やりたいと思っている」と語っていたのには、こうしたそれまで演じたことのない役を演じるうち、俳優として欲が出てきたからでもあるのだろう。
私生活ではこのころ離婚も経験している。『駅』出演後には、高倉健との交際の噂が何度となく浮上し、そのたびに芸能レポーターに追いかけ回されて本人もあきれるほどだった。
