出会って7年後に結婚、北海道に別荘も

 それでもやがて交際を始め、出会って7年後の1993年、倍賞が51歳のときに結婚する。お互い再婚どうしということで披露宴も新婚旅行もしなかった。ただ、その年夏の全国コンサートツアーではステージで夫を紹介し、彼のピアノ伴奏で歌うなど仲睦まじいところを見せたという。コンサートも最初は7人のバンドメンバーとやっていたのが、近年は夫婦だけで続けている。このほうが歌がちゃんと聞こえ、朗読も聞かせられるらしい。

夫婦でコンサートを行う(公演ポスターより)

 倍賞は映画『家族』(1970年)や『遙かなる山の呼び声』(1980年)のロケで北海道東部の別海町で長期滞在した縁から、その後、年末ともなれば同町近くの中標津町の養老牛温泉の旅館ですごしていた。小六と知り合ってからは彼も同行するようになる。

 現在は別海町に別荘があり、倍賞たち夫婦は東京と2拠点生活を送っている。その発端は、北海道に来た折、空にウルトラライトプレーンという超軽量の航空機が飛んでいるのを見かけたことだ。これに小六がすっかり魅せられ、自身でも許可証を取得して同町の飛行場で飛ばしていたところ、その土地を所有者が手放すというので借り受け、一緒に家も建てたのだった。

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自分が「普通」でいられることが嬉しい

 北海道では、地元でジーンズショップを営む人と知り合ったのを皮切りに、人が人を呼ぶうち多くの友達もできた。その仲間で「姉妹会」という会を発足し、みんなで毎月少しずつお金を積み立てて、ある程度たまったら旅行に出かけるというつきあいを続けている。メンバーは職業も年代もさまざまで、のちには横浜のゴルフ仲間なども加わった。倍賞にとって、仕事とは関係のない交友関係は得がたいもので、次のように語っている。

《姉妹会の人たちといると、自分が「普通」でいられるのが、本当に嬉しい。私の生活は、普通じゃなかったから。童謡を歌っていた子どもの頃から、「寅さん」じゃないけど、カバン持って、あちこち行って。映画の世界に入ってからもずっと忙しく、きっと誰もが経験してきたであろう、ごく普通の楽しみも、私にとっては新鮮なことばかり》(『暮しの手帖』2023年12月・2024年1月号)

 とはいえ、彼女は作品のなかで『男はつらいよ』のさくらをはじめ「普通」の人たちをこれまで数々演じてきた。さくらは団子屋を手伝っているとはいえ典型的な主婦だが、大半の役は手に職を持つ女性だった。そのために倍賞は撮影のたび、セリフを覚える前に、まず仕事を覚えることから始めた。

51歳当時の倍賞千恵子(1992年撮影)©時事通信社

 たとえば、『故郷』(1972年)で演じた役は畑仕事もするし船も操縦するので両方とも覚えた。『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』(1977年)ではスーパーのレジを打ちながら主演の高倉健と話をするシーンがあるので、ロケ地の夕張に入ると、暇さえあればレジ打ちを指にマメができるほど練習したという。