大木 『戦藻録』だけでなく、他にもなくしていたのですか。軍令部や二復もそのような信用できない人物に、よく貴重な史料を貸したりしたものですね。

戸髙 黒島みたいな悪質さではないにしても、史料調査会から借りて返さない人は他にもかなりいたと聞いています。私が担当になってからは絶対に貸し出しはしませんでした。

 令和元(2019)年8月15日にNHKが放送した『全貌二・二六事件』は、まさに返されていなかったファイルが見つかったものです。なぜわかったかと言えば、番組担当者に見せられたファイルに、戦後に史料調査会で掛けた赤いカバーがかかっていたのです。私は思わず「これはウチのだよ」と言ってしまった。

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 私が史料調査会に勤めたのは昭和55(1980)年からですが、見たことが無かった資料でした。その時には既になくなっていたものです。モヤモヤした思いを抱えつつ、「テレビで映す時には、この赤い紙のカバーは戦後に掛けたものだから取った方がいい」と助言しましたが、「赤い紙の表紙の方が極秘文書らしいイメージになる」と考えたのか、カバーは取らないままに放送されていました。

 さて、その二・二六事件の「新しい史料のファイルが出た」という内容ですが、これはかなり海軍としては出てほしくないと思われるものでした。事件の一週間ぐらい前に、特高から情報が伝わり、「こういう連中が決起する。殺害すべく狙われているのは誰それだ」と名前まで出ていたのです。海軍はその情報を握っていたにもかかわらず、十分な警備などの対応をしなかったために、国家の重鎮たちが殺されてしまった。だからこの史料は、海軍としては絶対に外に出せないという意味で、ずっと隠していたのだと思います。

大木 私も、史料調査会から持っていかれたと思われる簿冊に関わったことがあります。

 日独防共協定強化交渉の時、米内・山本・井上トリオの締結反対三人組に対して、続々と海軍省に右翼が押しかけて斬奸状を渡したりして騒いだことがありました。その時のやり取りをまとめたファイルがあり、史料調査会が持っていたのです。阿川弘之さんもそれをみて、使っています。ところが、その後、行方知れずになってしまった。これも誰かが借りて行って返さないケースだったのでしょう。

 NHKの『全貌二・二六事件』は、そのような経緯で流れた史料に田中宏巳元防衛大学校教授が行き当たって、NHKとともに持ち主から購入し、番組が成立したようです。

戸髙 私もそう聞いています。出所は明らかではなく、古本屋云々となっているようです。