大木 山本五十六に関しても、NHKがそういう史料を入手したから見てくれ、ドキュメンタリーをつくるというので興味を持って見ましたが、私にも驚きの事実が出てきました。
防共協定強化交渉の時に、海軍省に押しかけてきた右翼たちの資金の出所が推定されているのです。裏で、陸軍の機密費が使われていたといわれていましたが、ドイツ大使館も三国同盟推進派の右翼の資金源であろうとされていました。
保阪 この点、私は海軍内部から右翼の連中がとにかく大臣室で抗議文を読ませてくれと言っていたとの証言を得ています。そうでなければ、カネが出ないからだというのです。
戸髙 陰謀論でいわれるような話が、現実にあったということですよね。ドイツ側の行為は、内政干渉と言われても仕方がないレベルの事実です。表に出したくない人がいたのが分かるケースです。
そういうことを思うと、黒島亀人が『戦藻録』の原本を借りて行って紛失した一件は、一体何がまずくてそれをしたのかという問題になるのです。このことは、「海軍反省会」の中でも詰めた議論になっていました。
私自身はこう思っています。
当時の連合艦隊の内部で、参謀や幕僚たちは黒島の異常な行動に困り果てていました。それで、「あれでは困るから、先任参謀を別の人に変えてくれ」と、黒島更迭の運動が他の参謀の中で形成されていたのです。
その声が軍令部や山本長官に届き、後に空母天城の艦長になった宮嵜俊男(*6)と交代させることが内定した。そのタイミングで山本五十六が戦死したのです。それが昭和18(1943)年4月18日です。そしてまさに、黒島が紛失したのは、その頃のことが記録されている一冊なのです。
*6 宮嵜俊男 1899~1965年。海軍大佐。海兵48期。第五艦隊先任参謀、第二遣支艦隊先任参謀、空母「天城」、「葛城」艦長など
土肥一夫さんも、黒島について「結構早いうちから内部で更迭してもらおうという話があった。一生懸命上に働きかけて、やっと決まったところで長官が戦死してしまった。それで結局うやむやになってしまった」と言っていました。
だから黒島としては、自分が他の参謀に嫌われていることが分かっていて、参謀長の宇垣纒は、「もうあいつはクビにするつもりだ」と書いているのではないか、と思い込んでいたかもしれません。それで、その時期の一冊を持ち帰って処分したのではないか。返さなかったということは、たしかにそう書かれていたのかもしれません。まあ、ここは想像ですからまったく確証はありませんが。
保阪 その時に山本が死なずに黒島が首席参謀をクビになっていれば、『戦藻録』の第六巻も無事だったのかもしれません。残念なことです。