耳の聞こえない写真家の齋藤陽道さんが、書き下ろしの著書を刊行した。妻と子供の3人家族で暮らす日常の中、見聞きし、感じたことが率直な言葉で綴られている。
「人生でこんなに長い文章を書いたことがなかったので、正直大変でした(笑)。自分が『聞こえない』ということで、なにが伝わって、なにが伝わらないのかについては、これまでの人生でもずっと考えてきたことです。それが子との生活を通じて具体的な形で整理できました」
ある日、齋藤さんは、ぐずる我が子をあやすために外へ出る。散歩の道すがら、めったに出さない声をつかって子供に語りかけてみる。やがてそれは、自分が聞いたこともなく、これまで一度も歌ったことのない「子守唄」へと変わる。そして齋藤さんは「これが歌か!」と実感する。耳の聞こえる人間には想像するのも難しい「発見」が本書にはあふれている。
「子供からは考えてもみなかった発見をたくさんもらっています。息子は『聞こえる』ので、僕とは違う感覚をもっている存在なわけです。その隔たりをどうしたらいいんだろうとぐるぐる考えているうちに、いろんな発見や気づきが、ふとギフトのようにもたらされるんです。自分と息子の“異なり”を意識した上で、この子になにができるのか。そこからこの本の文章がはじまっています」
ハッとするような発見をもたらしてくれる子供への敬意から、齋藤さんは自分の子供のことを「さん」づけで呼ぶ。
「小さいものや言葉なきものを『赤ちゃんだから』『子供だから』とみなして侮ることに前々から抵抗を感じていました。それは、この社会でマイノリティである自分自身にそっくりそのまま返ってきてしまうからです。ものを言わない存在ほど、豊かなものを抱えているんじゃないか、そんな思いがあるんですよね。まだ子供は不満を言うようなことはないですが、飛行機や花火の音を聞いて『音が聞こえたね!』と喜びを共有しようとすることがあります。僕は音がわからないし、わかったふりをしたくはないので、『おとうさんは聞こえないなー』と言うと子供は一瞬固まります。そんなとき、今この人は何を感じているんだろうと考えては、胸がチクッとしますね」
聞こえないからこそ気づくことがある――こんな手垢にまみれた言い回しも、本書を読めば、真実であることがわかる。
『異なり記念日』
聴者の家庭で育ち、“日本語に近づく”教育を受けた著者と、聾者の家庭で育ち、日本手話で育った妻。そして2人の間に生まれた聴こえる男の子―― 少しずつ異なる3人が家族になることで、それぞれは新しい発見を重ねていく。見過ごしがちな当たり前の日々の美しさを丁寧にすくいとる、著者初めてとなる書き下ろし。