過去2回も「関東撤退」した苦い経験

 スガキヤが首都圏に初めて出店したのは、1973年とされる。当時はGMS業態(総合スーパー。小売・飲食・衣料などが何でも揃う業態)の全盛期であり、スガキヤは各地へのフードコート出店で、首都圏でも50店規模まで店舗網を拡大できた。

 しかし10年、20年と歴史を重ねると、おなじ“名古屋閥”のユニーや、関係の深かったダイエーを含めて、店ごと不振に陥るケースが出てきた。こうなると、スガキヤがいくら頑張っても巻き込まれて不振に陥ってしまう。

スガキヤのラーメンは、独特な「ラーメンフォーク」で食べる(筆者撮影)

 もちろん黒字店舗はあったものの、チェーン店としては一定数の店舗数がないと、コストが下がらず採算を取りにくい。結果、1999年までに首都圏から一度目の全面撤退に踏み切った。

ADVERTISEMENT

二度目の進出も、2年で撤退……3回目はうまくいくのか?

 その後、2004年に東京・高田馬場へと実験店舗を出店したこともある。当時300円だったラーメンだけでなく、味噌カツとエビフライをトッピングした「名古屋丼」や、首都圏向けの「醤油ラーメン」を看板メニューに加えるなど、スガキヤらしからぬ安さにこだわらない戦略で勝負を賭けた。しかし、こちらも2年後の2006年には撤退に至っている。

 スガキヤの過去の首都圏撤退の要因をまとめると、一度目は「出店先のテナントの衰えとともに衰退」「低価格のスガキヤをそのまま輸出してコストを維持できず失敗」、二度目は「独自の商品を基にした高単価戦略が受け入れられず失敗」といえるだろう。

 果たして三度目の首都圏進出は、一度目・二度目の失敗と同じ轍を踏むことなく、成功できるのだろうか?

次の記事に続く ライバルは幸楽苑でも、日高屋でもない…名古屋発「ラーメン1杯430円」の激安チェーン『スガキヤ』は関東民から受け入れられるのか?《この秋に三度目の関東進出予定》

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。