――バリアフリーの導入も検討したりしたのでしょうか。

カマたく 10年くらい前に、当時60歳だった母が脳腫瘍で倒れたことがあって。小脳の一部を切除する手術をしたので、うちはその時にお風呂をバリアフリーにして、手すりを付けたり段差をなるべくなくしたりという造りにしていたんです。

 トイレは元々ウォシュレットだったし、住環境自体は問題なかったですね。

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「もう不機嫌でしたね」福島から引っ越すことに対する祖母の反応

――おばあさまは、カマたくさんやお母さまと一緒に暮らすことについてどういう反応だったのですか。

カマたく いやあ、もう不機嫌でしたね。福島の家は、ちょうど私の姉が生まれた時に建てた家なので築40年くらいなんですよ。

 だからやっぱり思い出もあるだろうし、引っ越すと友達にも会えなくなっちゃうし。こちらとしても心苦しいですけど、何かあってからじゃ遅いので。そんなことも言っていられないという感じでした。

――カマたくさんご自身は、おばあさまを在宅で介護することに何か不安はありましたか。

カマたく 「どんな感じになるんだろう」とは思ってましたね。ただ「大丈夫かなぁ」と漠然としたものでした。

 

突然の環境変化でイライラ…地元の友達とも離れ心細さも

――おばあさまが引っ越してきた当初はどのような様子でしたか。

カマたく 来た時はもう、かしこまった感じというか、「お世話になります……」みたいな他人行儀な様子でした。老人性のうつ症状もあったし、突然環境が変わったこともあってか、当初は常にイライラしてストレスが溜まっている様子でしたね。

 自分の体も自由に動かなくなって、認知症がはじまったことにも気付いていたと思うので、ショックだっただろうし、心細かったと思います。

 それまでお付き合いのあった地元の友達とも電話くらいしかできないから、相談できる人も限られてしまいますし。自由に外も出られないし、気は遣うしで退屈だったことも関係しているかもしれません。

――お散歩や外出は誰かと一緒だったのですか。

カマたく 私が夜型というか、歌舞伎町の店で朝まで働いて日中は寝ていることが多いので、基本的には姉が一緒でしたね。姪っ子が保育園や小学校に行っている間に来て、2、3時間祖母の相手をしてくれたりしていました。

撮影=杉山秀樹/文藝春秋

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