NTTから高額請求されるダイヤルQ2
なぜQちゃんなのか。このころ、マラソンの高橋尚子選手がQちゃんとして知られていたが、A君はスポーツと無縁だった。そこには、全国の男子中高生の不倶戴天の敵であった、ダイヤルQ2が密接に関係している。
ダイヤルQ2は、電話回線を利用した情報提供サービスである。利用者が所定の番号に電話をかけると、有料の番組につながり、後日NTTより利用料が請求されるという仕組みだ。
当時、インターネット接続には電話回線が広く利用されていた。そのため、悪質な業者にパソコンの設定を弄られたりすると、インターネット用の電話番号ではなく、ダイヤルQ2用の電話番号に接続され、あとで高額請求を食らってしまう……という悲劇が起こった。
「家に10万円の請求がきて、親に回線を切られた。終わった……」
「俺はぎりぎりで気づいてセーフだった」
そんな会話が、朝の登校時に盛んに交わされていたものである。今日の架空請求とは異なって、NTTからの正規の請求なので、無視を決め込むこともできなかった。ダイヤルQ2が恐れられたゆえんだ。
「このサイト、安全かな? いまからURL言うから」
もちろん、危険なサイトにアクセスしなければ、ダイヤルQ2に接続される心配もない。だが、男子中高生にそれは無理な相談だった。
いまだ見ぬアダルトコンテンツを求めて勇往邁進、無法地帯だったネットの奥深くまで、嵐のごとき広告を押し退けて、マウスクリックの音も高らかに、前進また前進するのだから、どうしても危険と隣合わせだった。まるで未開のジャングルを行く冒険者である。
「このサイト、安全かな? いまからURL言うから」
と電話で確認してくることもあった慎重居士のQちゃんも、悪質なサイトにアクセスした結果、ダイヤルQ2用のソフトをインストールされてしまった。ダイヤルQ2はけっしてアダルト専用ではなかったものの、われわれの間ではそれ以外のなにものでもなかった。
だからこそ、Qちゃんは喜劇的なぐらい必死になって、デスクトップのアイコンを削除しようとしたのである。