制作・撮影を妨害しようとする人々もいた
——監督は過去のインタビューで「不条理を前にした沈黙は罪か」という問いを制作過程で持たれていたと語っています。泥棒はしないと言っていたラミアは、道徳的なジレンマに直面しますが、そこからどのようなメッセージを届けたいと思いましたか?
道徳が伸縮自在なものになるとき、倫理や何が正しいかという概念は疑わしいものになります。何が「悪」なのでしょうか? 一国家から食料や医薬品を奪うことでしょうか、それとも子供が盗みを働くことでしょうか? 切り離して考えればどちらも悪です。しかし、一方がもう一方を引き起こしているのです。食料の欠乏は、ラミアに、自分が教えられてきた価値観や倫理、道徳を再考させました。盗みは悪であり、非倫理的です。しかし、食料を奪われることもまた悪であり、非倫理的なのです。ラミアは変化していき、突然、盗むことが自分の「権利」であり、おそらく義務でさえあると気づきます。ご覧の通り、問いを立てれば立てるほど、善悪の境界線は曖昧になります。私が伝えようとしているのは、私たちの徳に対する理解というものは、圧力や疑わしい状況にさらされない限り、いかに脆いものであるかということです。道徳や倫理という大きな概念は、盗みのような小さな行動を通じて問うことができるのです。ラミアは盗みの報いを受けました。しかし、彼女から食料を奪い、盗みへと追いやった世界はどうでしょうか? その世界は罰を受けたのでしょうか?
——本作は全編をイラクで撮影したそうですが、独裁政権、個人崇拝、汚職、少女への性犯罪などをうかがわせ、当時の社会を批判的に描いています。そのことは制作上の困難をもたらしたでしょうか? また本作のイラクでの反応はいかがでしたでしょうか。
はい、そうしたテーマは制作中に困難をもたらしました。実際、私たちの制作を中止させ、撮影を阻止しようとした人々もいました。しかし、それは想定内でした。新しいものを提示し、特定の物語や認識に異を唱える映画は、当局を脅かすものです。私たちはイラクで撮影することに固執し、主張し続けました。イラク国外で制作することを条件にした資金援助の申し出がいくつもありましたが、それを断ってでもイラクで撮ることが私たちには重要だったのです。したがって、イラクでの撮影という決断が、技術的、物流的、そしてクリエイティブな面で多くの課題を引き起こすことは分かっていました。しかし、それは必要な決断でした。物語にはDNAとルーツがあります。物語は特定の場所や風土に属しているのです。この映画の舞台はイラクでした。映画の細部すべてに、イラクの痕跡が刻まれています。自分たちの決断を信じた結果、私たちは成功を収め、イラクの観客は非常に温かい歓迎で応えてくれました。カンヌ国際映画祭で受賞し、アカデミー賞のショートリストに残った初めてのイラク映画として、国民的な快挙として祝福されました。

