ホルマリンの匂いを全身にまとったまま…

――山梨からだと、サークル活動に参加するのも大変ですよね。

ノムラ 移動だけでも想像以上に大変でしたね。特急なら1時間半だけど4000円かかるから、普段は2000円で行ける鈍行で3時間かけて通ってました。家の最寄が山の中の無人駅だったので、帰ってくる頃には周りは真っ暗。電車だけ明るいからセミが入ってきたり、トカゲが落ちてきたりする電車で。でも多い時は週1で東京に通ってました。

――大学生にとっては時間もお金も痛いです。

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大学時代の珍しい金髪&水着姿

ノムラ そのためにレストランでアルバイトをしてましたけど、力が弱すぎて物を運べないとか、洗い終わった食器を再び食洗機に入れて洗い直しちゃうとか。全然仕事ができなくて、最後はトイレ掃除だけしてました。

――医学部では実習もありますよね。

ノムラ 2年生で解剖の実習があるんです。ご遺体の全身を開いたり、脳を取り出して観察したり。ホルマリンの匂いを全身にまとったまま、夜のお笑いライブに直行する日もありました。4年生からは実際の手術の見学もあって、生の脳を見たその夜に、東京の舞台へ向かったり。

――脳を取り出す……?

ノムラ 脳って、お豆腐みたいに柔らかいんです。柔らかすぎてメスでは切れないので、腫瘍を取るために吸引するんです。患者さんの脳波を見ながら、吸いすぎないように、そうっと。

――お笑いとの振れ幅がすごい。同級生たちはノムラさんがお笑いをしていることを知っていましたか?

 

ノムラ 周りには言ってたので、「早く芸人になれよ」ってイジられてました。ただ6年生になって就活が本格化した時期はさすがに気まずかったですね。みんなは医者になるので「どこの病院に行くの?」みたいな会話が飛び交ってる中、「いや、私はお笑いの方なんで……」みたいな。

――大学お笑い界では知られた存在だった?

ノムラ 当時の大学お笑いには令和ロマンさんやラランドさんなど名だたる先輩がいた時期で、同期にはダウ90000の蓮見くんがいます。忠犬立ハチ高として結果が出たのは2年生の時で、団体戦の大会「NOROSHI」で準優勝できました。それで「がんばったら何でもできるんだ」って初めて思えたんですよね。母のがんばりの“余熱”じゃなくて、自分ががんばったことで結果が出たという手ごたえがあったのは自分的に大きかった気がします。