で、会って決着をつけることになった
劇場版を映画館で10回以上観て、DVDが出た際に喜び勇んで購入し「なんじゃこりゃああ!」と画面の前で吠えた私からしたら、この議論の収束点は決まってる。そう「劇場版最高、完全版はクソ」である。
完全版のなにがクソかというと、中年となった主人公・トトが映写技師・アルフレードの葬儀で故郷に帰った時に、偶然見かけた初恋女性の後をつけ、ふたりは再会、そのまま関係を持ってしまう点だ。はああ? 青年期の綺麗な初恋がいきなり肉欲モードになってるじゃないか! 彼女がいつしか引っ越して、淡い初恋は終わりました……劇場版のこれが美しいんだよ!
と、こんなことをもう少し大人しい言葉で書き込んでいたのだが、やけに論理的な物言いで戦いを挑んでくる男性がいた。
で、会って決着をつけることになった(笑)。
やってきたのはこじゃれたおっさん。どうやら50代。掲示板でのニックネームは“トオル”だ。今はなき、渋谷のユーハイムで『ニュー・シネマ・パラダイス』について激しく論議する中、ふとトオルが言った。
「海を見に行かないか?」
……は? この時点で私の中の恋だのナンだのそういうモードは吹っ飛んでいるし、そもそもあなた、既婚者でしょ? いくら三十路前の婚約破棄直後だからって不倫とか援助交際的な方向に走るほど人生捨ててはいないから。
ハタから見たら不倫の末の別れ話で確定だったと思う
だがトオルはあきらめない。
「一切そういう趣味はない。ただちょっとだけ付き合って欲しいんだ」
で、1時間後にはR134沿いの海が見える駐車場にいた(笑)。
夕陽が海を照らし、もうじき日が沈むなって頃にトオルがぽつんと言う。
「じつは、娘が……今、17歳なんだけど学校に行ってくれなくてさ。もう俺たちと話もしない。昔はよく笑ういい子だったのになあ……家でも部屋から出てこないんだ」
……私もそういう17歳だった。学校に行きたくなくていつも自室にこもり、将来について……そして学校に行かなくて済む方法を考えてた。母親に泣かれ、父親に頬をぶたれても閉じた心は開かなかった。
「それさあ、威圧的に接したり、モノで機嫌取ろうとしても一切無駄だから。バカみたいに恥ずかしいと思うけど、抱きしめて“お前が一番大切だ、いつもお前の味方だ”って言ってあげなよ」
トオルは泣いていた。
私も泣いていた。
おっさんと三十路リーチの巻き髪が海に沈む夕日を見ながら頬を濡らす。ハタから見たら不倫の末の別れ話で確定だったと思う。
それ以来、なんとなくそのサイトに行くことはなくなった。トオルは娘を抱きしめて“味方だよ”と無事に伝えられたのだろうか。
あれから20年。
その子もきっと母親になっているのだろうな。