渡鬼ファミリーから花ひとつ来なかった

 それよりも私が悲しかったのは、ママの葬儀のとき、『渡る世間は鬼ばかり』のメンバーの誰からも花がこなかったこと。住職さんだって怒ってた。こんなに世話になったのに、誰も来ないのかって。

 杉村先生の命日に、夫と2人でお墓参りに行ったときも、文学座からは花ひとつなかった。命日なのによ。杉村春子がこれだけ頑張って支えてきたのに、その恩を誰も覚えてないのかと悲しくなった。

 悲しいけど、人は死んだら忘れられる。死んだ人間の話を、1年2年経って、誰がする? 誰もしないでしょう。

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 だけど、ママが教えてくれた言葉は私の中にずっと残ってる。

「天知る、地知る、吾知る」

 天が見てる。地が見てる。自分が一番わかってるよ。

 ママはそう言ったの。それが救いだった。それにね、ママはこうも言ったのよ。

『渡る世間』も会社も、呉越同舟

「ピン子! 人生っていうのはね、全部が全部好きな人ばっかりに囲まれてるわけじゃないんだよ。一緒に仕事してる人間だってそう。『渡る世間』だって呉越同舟じゃない?」

 好きな人も嫌いな人も、一つの現場で一緒にやっていく。それが仕事であり、人生。

 会社もそうでしょう。好きな人だけが集まるわけがない。敵がいれば味方もいて、考え方も全員違って当たり前。だからこそ、筋だけは通して生きろ、と。

 だから、人に何と言われようと気にしない。それこそ、実際にママのいる熱海に越してきたのは誰か、こうして傍に来て最後まで一緒にいたのは誰かってことでしょう。

 お天道様は見てる。何より、自分が一番よくわかってるから。

 コロナ禍の頃に、自宅からの景色を眺めながら、「あのとき熱海に移り住んだことは本当に良かったな」と心から思った。

 これからも私は、熱海の海と雲を見ながら、ママのことをずっと感じていたいと思ってる。

©︎文藝春秋
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