関森 浅草の会社からは、「あなたを教えるのはもうお手上げだ」と言われてしまったんです。でも、姫路店で育成にも携わっていた社長から、「姫路に来るなら教えてあげるよ」と声をかけていただきました。

 その言葉を信じて姫路へ行き、1か月間、朝から晩まで練習を重ねました。その後も浅草で3か月間経験を積み、車夫としてデビューすることができたんです。

姫路で研修していた頃の関森さん 本人提供

ーー姫路での猛練習を経て、車夫としてデビューされたのですね。実際に現場へ立ってみて、想像していた仕事とのギャップはありましたか。

ADVERTISEMENT

関森 一番苦労したのは、雷門前でお客様にお声がけをすることでした。浅草には18社ほどの人力車会社がありますので、その中で自分たちを選んでいただくためには、積極的にお声がけをしなければなりません。

 でも、一日中声をかけ続けても立ち止まっていただくことすら難しく、売り上げゼロの日が続き、何度も心が折れそうになりました。

まずは会話を楽しんでもらうことから

ーーそこから、どのようにしてお客様の心をつかめるようになったのでしょうか。

関森 当時、社長から「関森さんの声かけを見ていると、全て自分本位の話になっている。お客様に寄り添うことが大事だよ。ラジオもリスナーのことを考えて話すでしょう。人力車も同じだよ」と言われて、ハッとしました。

 それまでは、「人力車はいかがですか」と料金やコースの説明ばかりしていました。でも、「いきなり乗る人はいないよ。まずは会話を楽しんでもらわないと」と言われたんです。

 それからは、人力車に乗らなくても、立ち止まってくださった方に楽しんでいただこうと考えるようになりました。

©佐藤亘/文藝春秋

 まずは目の前のお客様との会話を楽しむこと。その結果は後からついてくるものなんだと学びました。相手が何に興味を持っているのかを知る。自分が話したいことを一方的に話しても、相手には伝わりません。どうしたら喜んでいただけるのか、どんな言葉なら楽しんでいただけるのかをいつも考えています。

 仕事でも、人とお会いする時は、自分よりも相手を立てることを大切にしています。

次の記事に続く 「体重150キロのラガーマンを乗せて、総重量は200キロ以上に…」採用試験に落ち続けた元アナウンサー志望→人力車夫になった女性(29)が語る“一番大変だった仕事”

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。