35歳の若さで「ご意見番」に

 結婚して離婚して再婚して病気をした。ヒット曲にも恵まれなかった。そんな「氷河期」の最中、83年に芸能界での幅広い交友関係をもとに毒を吐いたゴシップ本『和田アキ子だ文句あっか!』(日本文芸社)を出版する。筆まめな和田が、ずっとつけていた日記のたまものだった。背が高い、男みたい、怖いといじめられていた和田が、それを聞き流さず、泣き、苦しみ、観察して書き上げた本だった。当時の内幕本ブームにも乗って爆発的に売れ、120万部の大ベストセラーとなる。

 本の内容のような芸能界への歯に衣着せぬ物言いを期待されてトーク番組への出演が相次ぎ、その流れで85年にスタートしたのが『アッコにおまかせ!』である。当時、女性がアシスタントではなく、メインMCを務めた冠番組は極めて珍しい。こうして和田は35歳の若さで芸能界の“ご意見番”的なポジションになった。

 歌でも86年の「もう一度ふたりで歌いたい」が久々のヒット。8年ぶりに『NHK紅白歌合戦』に出場を果たし、87年には司会とトリを兼任して完全復活を印象づける。「もう一度~」のジャケットは「保育士になりたい」という夢をかなえるような、小さな子どもたちに囲まれた和田の写真だった。

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和田アキ子公式Instagramより

アポロシアターでの単独公演

 バラエティ番組と歌の両輪で、90年代、00年代は忙しく過ごした。そんな中、デビュー40周年記念として持ち上がった企画が、ニューヨークのアポロシアターで、日本人・東洋人のソロ歌手として初となる単独公演だ。黒人音楽をルーツに持つ和田にふさわしい場所と言える。

 日本からも大挙してファンが押しかけ、「古い日記」から「今あなたにうたいたい」まで120分歌いまくった。「悩み無用」のフレーズでおなじみ、フィリーソウル風のリーブ21のCMソング「Everybody Shake」も歌った。サム&デイブのサム・ムーアもゲストで登場し、大いに盛り上がった。

満身創痍でも歌い続ける

 丈夫そうに見えるが、実は病弱だ。前述の胃けいれん、子宮がんのほか、歌手デビュー直後に線維腺腫の除去手術を行ったのを皮切りに、のどのポリープ手術を2回、自然気胸も2回患っている。

 線維腺腫になったときは乳がんを疑い、堀威夫の前で上半身裸になって「社長、ここに乳ガンがあるんです!」と迫ったが、あとずさりする堀に「シッ! シッ!」と追い払われたという(『5年目のハイヒール』)。

 そのほか、椎間板ヘルニア、関節リウマチ、免疫系の病気であるシェーグレン症候群も患った。変形性股関節症で車イス生活を余儀なくされたこともあり、22年のブルーノート東京でのライブは痛み止めの座薬を入れて臨んでいる。近年は網膜色素上皮裂孔によって右目の視力をほとんど失った。

 それでもライブを続けるのは、「やっぱりファンのため」だという。アポロシアターのステージでは次のように語っている。

「歌手にとっての本当の幸せは、賞をもらうことでも、ランキングに入ることでも、スターと呼ばれることでもない。私の歌を聴きに来てくださる人がいることです」(日刊スポーツ 2008年10月1日)