皇族が愛人を献上

 こうなると、その義満の悪癖を逆手にとって、彼におもねる男まで現れる。永徳元年12月、皇族である常磐井宮満仁(ときわいのみやみつひと)王は、晴れて念願の親王宣下(親王の位を与えられること)を受ける。しかし、実はこの裏で、満仁王は自分のお気に入りの愛妾を密かに義満に献上することで、彼に巧みに取り入っていたのだった。今回の親王宣下も、愛妾献上のお礼として義満から朝廷への口利きがなされたものだと、当時の人々から陰口を叩かれている。

 愛人で買った「親王」位。まったく呆れた話だが、こうした妻妾献上による見返りは決して小さなものではなかった。実際、さきの話に出てきた中山・裏松という公家の家々は、それまで必ずしも高い家柄ではなかったものの、その後、義満の引き立てをうけて室町の宮廷社会で大きな力をもつようになる。これも妻妾献上の余得と言えるかも知れない。

 しかし、当たり前の話だが、そこには女性本人の意思はどこにも無い。義満に言い寄られて彼女たちが靡いたとしても、義満の絶大な権力を思えば、それをどこまで彼女たちの「主体的判断」と言えるのか。むしろ、女性をモノとして扱う、こうしたことが平然と行われていたこと自体、当時の女性たちの地位の低さを象徴するものと言えるだろう。

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 近年、文学や社会学の分野では、男性同士の排他的なつながりを意味する「ホモソーシャル」という概念がよく使われる。その絆は、一人の女性をめぐって相手と「競合」する、あるいは自分が手に入れた女性を相手に「提供」することで強化される。おぞましい話と思われるかも知れないが、夏目漱石の『こころ』の「お嬢さん」をめぐる「私」と「K」の関係を思い浮かべてもらえばいいだろう。古今東西、女性をめぐる三角関係の物語のなかに、意外に男同士のホモソーシャルな描写は潜んでいるのだ。

 義満による人妻掠奪や公家たちの妻妾献上は、まさにホモソーシャルな関係の構築そのもので、それが権力関係の形成に寄与しているのである。彼らにその自覚があったかどうかはともかく、そうしたかたちで「政治」が動いていたこと自体が、この時代の一種の不安定さを示していると言えるだろう。

 なお、最後に一つだけ、わずかながら義満の名誉のために付け加えておこう。このような人妻掠奪の悪趣味をもっていた義満ではあるが、史料で確認できる限り、彼は掠奪したほとんどの女性を最期まで面倒見ており、その後に捨てられて消息不明になるような女性は意外に少ない。彼は決して「掠奪」行為そのものを楽しんでいたわけではなく、心底、熟女好きだったようである。

清水克行氏

室町「下剋上」サバイバル

清水 克行

文藝春秋

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