捏造されるルールや伝統

 じゃあ、この無意味な就活マナーは、どこから生まれてきたのか? これについても、我が優秀な学生たちがリサーチしてくれて、すでに同様の問題に関心をもっていた先人たちによる調査なども参考にして、真相が明らかになった。彼らは明治時代の儀式書にまで遡って検証したのだが、どうも「ノックは3回」という話は、それ以前から一部では唱えられてはいたものの、ある個人のマナー講師がごく最近、2010年代中頃に書いたマナー本によって主張したのが一般に広がる大きなきっかけであったらしい。それが恐ろしいことにわずか数年にして、すっかり日本社会に浸透してしまったのである(それ以前に就活を経験した40代以上がほとんど知らないのも当然である)。

 その背景には、「何かしらの正しいルールを作らないと不安を感じる」、「欧米のスタンダードと言われると弱い」という現代日本人の欠点が集約されている、というのが、彼らの結論だったが、これには僕も同感である。日頃、「日本の伝統」を声高に叫ぶ人たちが、こうした「伝統」の捏造を検証もせず、無批判に受け入れているのが不思議でならない。また、学生たちの将来への不安に便乗して、無根拠な「伝統」を拡散させるマナー講師や就活サイト運営会社にも許しがたいものを感じる。

 歴史は、プロの歴史学者たちだけが作るものではない。過去の実像を様々なデータを使って検証するのが、歴史学の本分だ。彼らにも、どうにかそんな歴史学の入り口を体験させてあげることができたようだ。この他、僕のゼミでは「ウトウ(烏頭・有頭・御塔)」という謎の地名の意味を調べて全国を歩いたり、「恋」の字のつく地名が古代の国府ゆかりの土地であることを検証したりもした。いずれも、卒業生たちとの楽しい思い出だ。未熟ではあるが、これが僕の大学でのパブリック・ヒストリー、市民の歴史学の実践である。

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 〔追記〕現行の狂言「鈍太郎」や「木六駄」にもノックのシーンが出てくるが、やはりいずれも2回である。欧米のノック文化が入ってくる以前から、日本社会では伝統的にノックは2回だったようだ。

清水克行氏

室町「下剋上」サバイバル

清水 克行

文藝春秋

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