こんな時代だから“光の作家”になろう
児玉:金子さんの小説の登場人物って真っ直ぐで熱い人が多いですよね。ミステリーは人が死ぬところから始まることが多いと思うんですが、それって言い換えると、加害から物語がスタートするということで、どうしても怖い表現が続いてしまう。でも金子さんのミステリーはそういう表現が続いても、死んだ人物を物語のために使い捨てないというか、露悪的にならないんですよね。『わたひか』はミステリーじゃないですが、瑞葉が才能の壁にぶち当たって本当にいろんな葛藤を抱えるし、いくらでも腐ったり人を恨んだりできる状況を書いていると思うんです。でも瑞葉は真っ直ぐに人を好きになったり、他人の才能をすごいと思える。そういう“人間の素直さ”を金子さんは書いていますよね。
私と金子さんは会うと『ボーボボ』の話とかいろんなくだらない話とかばっかりしているのに、いつも最後には熱い話をして終わります。冷笑・露悪が流行っている時代だけど、世の中がすでに悪いんだからフィクションでまでそんなものを描かなくていいじゃんって。
金子:そうそう、“光の作家”になろうって。
児玉:人間や社会のグロテスクな部分を書けば世の中の真実を書けたことになるのか、というのが疑問なんです。本当に、人間の本性は汚いものしかないと断言できるのか。
金子:わかります。「人間の本性」という言葉を使うときに、なぜか悪い側面の話になりがちですよね。でも私は善性から考えたい。人間の本性は最終的には善いものだと信じたいという気持ちがあります。
児玉:金子さんのその熱さは、どの作品にも出ていると思います。
金子:児玉さんもそうですよ。児玉さんの作品で私が特に好きなのが『##NAME##』なんですが、あれはジュニアアイドルを描いた作品で、題材的に社会の暗部のような不穏なものを扱っているのに、最後には友情を信じる、世界を信じる、人間の良さを信じるというところへ帰着する。まさに光を感じるんです。初めて読んだとき、震えました。
児玉:うれしい。