松田聖子(64)が郷ひろみとの破局会見を砧撮影所で行ってから1カ月後、聖子は俳優・神田正輝との交際を公表した。その2カ月後に婚約し、5カ月後の1985年6月24日にはサレジオ教会で結婚式を挙げるというスピード展開で、メディアはトップアイドルと人気俳優の結婚を「聖輝の結婚」と騒いだ。

神田正輝とともに披露宴の衣装で記者会見を開いた松田聖子 ©時事通信社

 聖子と神田の出会いは共演した映画「カリブ・愛のシンフォニー」。郷ひろみとの破局会見を行った撮影所でまさに撮られていた映画だ。接近のきっかけは海外ロケで体調を崩した聖子を、神田が献身的に看病したことだといわれている。結婚式の翌年10月には娘・沙也加を出産し、その後もアイドルとして歌手として順調にキャリアを重ねていた。

 ところが結婚生活12年目の1997年1月10日、マスコミ各社に聖子と神田の連名による手書きのFAXが届いた。内容は「最近、二人共、家庭と仕事との間で、その両立の難しさに悩み、夫婦としてのバランスを崩してしまったのだと思います。ここで、二人離れて、それぞれを、そして、それぞれの人生を見つめ直したいと思いました」という離婚報告。その後、二人は別々に会見を行った。

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「神田さんは、ものすごく仕事を好きだから」

 聖子にとって12年ぶり2度目となる破局会見は、トップスターとしての凛とした佇まいを見せながらも、自らの至らなさを強調するものだった。

「彼も大変なんだから、しようがないという気持ちを持とうとするんだけれど、なんかあの、相手に求めることとか、責めることばかりになってしまう」

「なんかあの」と顔を上げた聖子は、「相手に求めることとか」で右側にいるレポーターを見て、「責めることばかりに」で眉根を寄せながら視線を向けた。

 目の前にいるレポーターが「うん、うん」と相槌を打つ声が聞こえてくる。永遠のアイドルといわれる彼女があえて非を認め、さらに目を合わせることで「彼女なりに苦悩していた」「健気に耐えていた」という印象が強化され、同情的なニュアンスを引き出していた。

昨年の紅白で純白の衣装をまとい青い珊瑚礁をうたった松田聖子 紅白歌合戦公式SNSより

 その後も、聖子は“自分が神田の仕事の支障になっていた”という認識を示すことで自分を悪者にする形で話を展開していく。

「神田さんは、ものすごく仕事を好きだから、あのやはり、やらせてあげたいって思うんですね」

 そういうと、その時の気持ちを強調するように頷いたが、すぐに視線を右上に向け、肩を少し上げてはにかむような困ったような笑顔を見せた。すれ違いの多い結婚生活への複雑な心境がうかがえる。その瞬間の笑顔には、相手を思いやる気持ちと、自分が至らなかった点への困惑が同居していた。