『キリスト教ナショナリズム』(森本あんり・渡辺靖 著)

 宗教がナショナリズムと結びつくだって? 一体、いつの時代の話をしているのだろうか。AIがホワイトカラーの仕事を淘汰し、ドローンが戦争の概念を根本から覆すのが現代だ。にもかかわらず、逆説的に宗教が国家レベルで大きな影響力を持ち始めている。驚き以外の何ものでもない。

 とりわけ自由と多様性の象徴とみなされてきたアメリカでは、キリスト教とナショナリズムが結びつき、国家運営にまで影響を及ぼしている。

 かくいう評者も拙著『福音派』を書き上げた当時、ここまで宗教が政治の前面に出るとは予想していなかった。初稿を編集者に送ったのがトランプ氏の当選前だったからかもしれない。しかしその後、第二次トランプ政権は宗教色をいっそう強め、宗教と政治の距離は急速に縮まっていった。

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 本書は、そうしたアメリカの変化を理解するための格好の案内役となるだろう。神学者の森本あんり氏と文化人類学者の渡辺靖氏という、アメリカ研究を代表する二人による対談である。主題は重いが、対談形式だけに読みやすく、議論も立体的だ。

 そもそもキリスト教ナショナリズムとは何か。本書によれば、それはグローバル化によって共同体のつながりが弱まるなかで生まれた反動であり、キリスト教を国家理念の中核に据えて、失われた共同体を再建しようとする思想である。本書は福音派やZ世代、テクノロジー、イスラエルとの関係など、多角的な視点からその実像を描き出していく。

 全体を通して浮かび上がるのは、第二次トランプ政権のもとで勢いを増すキリスト教ナショナリズムが、アメリカの理念である政教分離を揺るがし、信教の自由にも影を落としている現実である。

 では、なぜこうした思想が現代アメリカでこれほどの力を持つのか。本書が独創的なのは、その理由を米国におけるキリスト教の「衰退」そのものに見いだしている点である。

 キリスト教が衰退したことで、人々から罪の意識や内省の契機が失われた。その結果、キリスト教の言説やシンボルだけを利用しながら、人権さえ踏みにじりかねない怪物的なナショナリズムが生まれたというのである。民主主義が機能するためには、宗教が保証する絶対善ではなく、自らも誤りうる存在だという自覚が欠かせない――この指摘は重い。

 こうした宗教ナショナリズムは、もはやアメリカだけの問題ではない。日本も決して例外ではない以上、私たちもまた、自らの正しさを疑う謙虚さを失わず、「絶対善」の誘惑を退け続ける必要があるだろう。建国以前の政教分離をめぐる理解など、なお議論したい点は残る。それでも、本書がこの激動の時代を考えるための必読書であることに変わりはない。

もりもとあんり/国際基督教大学名誉教授。専攻は神学、宗教学、アメリカ研究。著書に『反知性主義』など。

わたなべやすし/慶應義塾大学SFC教授。専門は現代米国論、パブリック・ディプロマシー論。著書に『白人ナショナリズム』など。

かとうよしゆき/1979年生まれ。立教大学文学部キリスト教学科教授。著書に『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』。

キリスト教ナショナリズム 不穏なアメリカの変貌 (朝日新書)

森本 あんり ,渡辺 靖

朝日新聞出版

2026年5月13日 発売