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インディアンが経営するカジノの総収益がすごいことになっている

渡辺靖が『インディアンとカジノ』(野口久美子 著)を読む

2020/01/26
『インディアンとカジノ』(野口久美子 著)

 アメリカ合衆国のインディアン(先住民)と聞くと、ヨーロッパからの白人移民に迫害された歴史を思い出す人は多いだろう。あるいは、近代文明に毒されることなく、私たちが忘れてしまった豊かな精神世界や生きる知恵を堅持しているイメージだろうか。

 どちらも間違いではないが、近年、インディアンは保留地におけるカジノ経営の担い手として存在感を高めている。しかも、今や、インディアン・カジノの総収益は、ラスベガスを含む全米の商業カジノを上回るという。私たちのインディアン理解もアップデートする必要がありそうだ。

 本書はそのための最適な一冊。著者は二十年以上にわたってインディアン保留地に通い続け、カリフォルニア大学でアメリカ先住民研究の博士号まで取得した本格派の研究者である。

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 現在、アメリカ政府は五百七十三部族を先住民として承認しているが、うち約二百四十もの部族が五百件以上の保留地カジノを経営しているという。本書でも言及されている東部コネティカット州のマシャンタケット・ピーコート部族などは、全米最大級のカジノを経営し、巨額の献金を通して、ホワイトハウスにまで影響力を及ぼしている。

 私自身も、今から十五年ほど前、彼らの豪華絢爛なカジノを視察したことがあるが、莫大な収益金をもとに、十八歳の子弟には一人当たり年間十万ドルが支給、大学卒業までの全学費も保証され、しかも進学のためとあれば、個人チューターの費用まで賄われていた。私がボストンから訪れた際は、何と往復リムジンで送迎してくれた。

 アメリカでは、レーガン政権下で財政難により、部族自治を支援する国家予算が削減されたが、カジノ産業への優先的参入を認めることで、彼らの経済的な発展と自立を促す方策が採られるようになった。ただし、収益の用途が広義の「部族の福祉」に限定されている点が商業カジノとは大きく異なる。

 近々日本にも出現するらしいカジノの経営に、この国の先住民であるアイヌが優先的に参入する。そんな状況を私たちはどこまで現実的に想像できるだろうか。インディアンの場合、どうしてそれが可能になったのか。カジノ以外の方策はなかったのか。

 もちろん、全てのカジノが上手くいっているわけではない。部族間の収益格差は拡大している。急に金持ちになったがゆえに生じる問題もあろう。こうした「影」の部分に彼らはどう向き合っているのか。

 次々と湧き上がるこうした疑問に本書はしっかりと答えてくれる。前半部分はインディアン史の概説、後半部分は一九八七年以降の「インディアン・カジノ時代」に関する諸相の解説という構成だ。

 まるで良質の講話を拝聴しているかのごとく、著者の語りにどんどん引き込まれてゆく自分がいた。

のぐちくみこ/明治学院大学国際学部国際学科准教授。専攻は、アメリカ地域研究。カリフォルニア大学アメリカ先住民研究アメリカ先住民史博士課程修了。先住民学博士。著書に『カリフォルニア先住民の歴史――「見えざる民」から「連邦承認部族」へ』。

 

わたなべやすし/1967年、北海道生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授。文化人類学者。著書に『アメリカン・コミュニティ』など。

インディアンとカジノ (ちくま新書)

野口 久美子

筑摩書房

2019年11月6日 発売

インディアンが経営するカジノの総収益がすごいことになっている

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