著者の専門分野は中国の外交政策であり、多くの研究蓄積がある。しかし本書ではなぜ中国が対外的に解りにくい振る舞いを見せるのか、という問いに対して学術的な検証から少し距離を置き、個人的な経験から大胆に描かれている。著者自身も「研究者としての自分をなかば振り切り、専門分野を度外視して、できるだけ直感的な説明を心がけた」と記しているだけあって、その内容はとてもわかり易い。さらに単なる経験談に終わらず、それが様々な学術研究の裏付けをもって論じられているため、核心を突いた深い内容となっている。
本書によると、中国人の伝統的家族観の本質は家父長による支配体制にあり、それが社会一般や国家にも広く浸透しているという。つまり中国のあらゆる集団においては権限を持った強いボスが存在しており、組織の構成員は皆、ボスの動向にのみ注意を向けるそうである。このような集団ではボスの一存で物事が決定するため、早く、ダイナミックな動きが可能となるが、他方でボスの求心力が低下したり不在となると、その集団は混乱の極みとなる。そのためボスは、組織が分解しないよう日頃から飴と鞭を使い分けながら組織を束ねることに苦慮する。よく知られているように、中国という国のボスは中国共産党の党中央である。党中央の唯一の目的は、共産党による支配体制を存続させることであり、その他のことはすべて手段に過ぎない。かつて鄧小平が市場経済を導入したのは、中国人民の共産党への支持を回復するためであり、そのカンフル剤の効き目が薄れてくると、習近平は権力を強化することで、国内の引き締めを図ることになったという。そのような視点さえ理解できれば、中国人が対外脅威を過大に見積もる傾向はあるものの、その対外政策が友好的な態度から敵視まで頻繁に変化することにも納得がいくだろう。
基本的にトップの統制がしっかりしていると、中国の行動原理は把握しやすいようだが、それが効いていないと現場が暴走するきらいがあり、対応が難しくなるようである。その最たるものは、二〇一二年以降に日中間で懸案となった尖閣諸島問題であるが、これは当時の国家主席・胡錦濤が国家海洋局を抑え込むことができず、問題を複雑化させた経緯がある。その後、習近平は同局に中国海警局を新設して中央に置くことで統制を強化している。今後も米中関係や香港問題など、中国の振る舞いが世界に及ぼす影響は大きいが、皮肉なことに習近平の権力が強化されるほど、中国の対外政策は安定するようである。そう考えると、中国の民主化という安易な希望は抱かない方が良いのかもしれない。「(今後)中国経済は自由主義からより遠ざかっていく可能性が高い」という著者の指摘はやや恐ろしい。
ますおちさこ/1974年、佐賀県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、九州大学大学院比較社会文化研究院准教授。著書に『中国政治外交の転換点』、共著に『チャイナ・リスク』、共訳書に『現代中国の父 鄧小平』などがある。
こたにけん/1973年、京都府生まれ。日本大学危機管理学部教授。『日英インテリジェンス戦史』など著書多数。