『しらふで生きる』(町田康 著)

 この一月に五十八歳になった小説家・町田康が、自らの禁酒について語った論考だ。

 読者はまず「あっ」てな調子で意表を突かれ、「いぃ?」とばかりに翻弄され、しかる後に「うっ」と痛いところを直撃され、さらに「えっ?」と、不安に陥れられたあげく、最後の最後でようやく「おお」と納得させられる。この手順を最初から忠実に踏まないと、本書の価値は了解できない。

 というのも、この一大長広舌は、頭から尻尾まで、「無茶な理屈」でできあがっている奇書だからだ。

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 平成二十七年十二月のある日、町田は酒をやめる決断を下す。なぜ? と、冒頭のそのくだりを読んだ読者は、当然そう思う。が、答えは直接には提示されない。以下、オレはどうしてまた禁酒なんかを決断したのだろうか、という一見間抜けな考察が、二十数ページにわたって繰り広げられる……のだが、結論として提示されるのは「自分が酒をやめようと思ったのは、気が狂っていたからだ」という、人を食ったような断定だったりする。おい、いくらなんでもそりゃないだろ、と思いながらも、読者は先を読まずにおれない。なぜというに、すでに、町田康による狂った自問自答に、魅了されてしまっているからだ。

 なにしろ、自問自答と言っても、そんじょそこらにある自問自答ではない。問いを発しているのは、マトモな人間の思考の筋道に関節技をかけることに半生を費やしてきた稀代のパンク野郎だ。こんな男がやすやすと回答できる甘っちょろい質問を投げてくるはずがない。一方、回答を案出する側の担当者も、これまた一筋縄では参らぬ。彼こそは、日本語の文章の約束事を、会話体についてまわる飛躍と諧謔(かいぎゃく)を駆使しつつ、根本的に破壊し尽くした上で、なおかつその錯乱した語りの中に近世からこっちの語りの文芸のエッセンスを再充填してみせた手練(てだれ)の小説家だ。そんなわけなので、この愉快痛快奇々怪々な自問自答は、二匹のアナコンダによるレスリングよろしく、極めて複雑かつ魅力的な読み物に結実する。

 問題は、「いかにして私は酒をやめ得たのか」という最終章にたどりつくことになるこの論考が、果たして有効な自己啓発書たり得ているのか、なのだが、答えは、おそらく、ノーだ。

 アルコホーリクス・アノニマスをはじめとするメジャーな禁酒団体が推奨している禁酒メソッドの最初の前提は、「自己放棄」だ。

 とすると、町田によって提示された「無限の自問自答」という本書のメソッドは、メジャーな禁酒ステップの正反対を行っている。というよりも、自問自答は、むしろ酒を飲む方の理由であって、酒をやめる手立てにはならない。

 でもまあ、彼が禁酒をやり遂げないとは言い切れない。というのも、酒飲みの多くが典型例であるのに対して、すべての断酒者は、結局、例外だからだ。

まちだこう/1962年、大阪府生まれ。作家、パンク歌手。81年「メシ喰うな!」でレコードデビュー。96年「くっすん大黒」で作家デビュー。2000年「きれぎれ」で芥川賞。著書、受賞多数。
 

おだじまたかし/1956年、東京都生まれ。コラムニスト。『上を向いてアルコール』『人はなぜ学歴にこだわるのか。』など著書多数。

しらふで生きる 大酒飲みの決断

町田 康

幻冬舎

2019年11月7日 発売