『世界史とつなげて学ぶ 中国全史』(岡本隆司  著)

 既存の世界史、グローバルヒストリーは西洋中心主義だと鋭く批判してきた岡本隆司。本書はその新しい世界史の実践編だ。

 読者はまず政治史の比重が小さいことに驚かされるだろう。主に取りあげられるのは生態環境とその変化、大陸規模の人口移動、航海技術などテクノロジーの発展など、数百年単位で影響を及ぼす世界規模の事象だ。一人の名君、政治家の決断ではなく、国や社会を揺るがす長期的な課題に対し、世界各地はどのように対応したのかを構造的に読み解くのが本書のテーマだ。

 たとえば3世紀から始まる気候寒冷化は世界の人口を激減させた。ヨーロッパではゲルマン系民族の移動と西ローマ帝国の滅亡をもたらした。一方、東方では遊牧民の南下と漢朝の滅亡が起きている。たんに既存の国が滅んだのではない。ユーラシアの東西で「生き残った人間が狭いブロックに集まって団結し、再開発によって生産性の低下を食い止めた」(47頁)という類似の対応がなされた結果だと鮮やかに分析する。

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 同時代における各地域の対応を描くのが横軸だとすれば、縦軸となるのが「中国」の変化だ。岡本はどの範囲で国をなすのが最適であるかは時代ごとに違っていたとして、凝集力の働く統合と遠心力の働く多元性との間で「中国」は揺れ動いていたと指摘する。

 気候変動などの影響で経済活動が活発な時期には統一に向かう傾向が強い。そのピークであるモンゴル帝国はユーラシアの東西をつなぐ統合をなしとげた。逆に経済活動が低迷すると遠心力が働き、より小さな地域ブロックにまとまる傾向がある。

 14世紀から始まる気候寒冷化によって、ユーラシアは遠心力が働く時代へと突入する。

 この危機をヨーロッパは大航海時代や産業革命などの近代化で乗りきったが、中国は最適化された対策を打ち出せなかったという。明朝は貿易を制限する海禁政策などの閉鎖的な政治を行い、不満を持つ人々を弾圧する強権政治で社会秩序を保とうとしたが、この体制は長くは続かなかった。続く清朝は各地の多様性を認めつつ緩やかに統合する多元共存体制によって一時の安定を得るが、航海技術という新たな技術がもたらした遠心力に抗しきれず、19世紀末の衰退を迎える。

 興味深いのは明清の対比が現代中国にも持ち込まれているという指摘だ。中華人民共和国は閉鎖的・強権的な毛沢東・明朝路線から始まり、開放的・多元的な鄧小平・清朝路線へと転換した。そして再び明朝路線へと揺り戻しかねない岐路にある。習近平が「毛沢東の再来」として振る舞うのは、14世紀から続く課題がゆえというわけだ。

 世界規模の長期変動を追う歴史叙述から、習近平の先祖返りまで見通す本書は世界史のダイナミズムを伝える好著と言える。

おかもとたかし/1965年、京都府生まれ。京都大学大学院を経て、現在、京都府立大学文学部教授。東洋史、近代アジア史専攻。著書は『属国と自主のあいだ』『李鴻章』『中国の誕生』など多数。

たかぐちこうた/1976年、千葉県生まれ。千葉大学大学院を経て、現在ジャーナリスト。近著は『幸福な監視国家・中国』(共著)。

世界史とつなげて学ぶ 中国全史

岡本 隆司

東洋経済新報社

2019年7月5日 発売