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古い人類たちに“ゾウのステーキ”を生で提供したら食べてくれる? 食と人類の進化の歴史

川端裕人が『美味しい進化』(ジョナサン・シルバータウン 著)を読む

2020/01/22
『美味しい進化』(ジョナサン・シルバータウン 著/熊井ひろ美 訳)

 英国エジンバラ大学の進化生態学教授が、「食と人類」にかかわる進化の歴史を書き下ろす。進化論のチャールズ・ダーウィンからディナーの招待状が届くという設定で、最初から最後まで知的な「料理」でもてなしてくれる。

 冒頭で語られる「ヒト族の大親睦会」が楽しい。古い人類たちにそれぞれどんなメニューを準備すればよいのか。最初の招待客ルーシー(三八〇万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの最も有名な個体)は生肉を食べていたとして、いつからヒトは火を使って料理をするようになったのだろう。どうやら、一五〇万年前、ホモ・エレクトゥス(ジャワ原人や北京原人なども属する、アフリカ・ユーラシアに分布した人類)の頃らしいのだが確定的ではない。著者は「ゾウのステーキ」を生で提供することを考えた上で、「火を通してほしいと厨房に戻されてしまうだろうか」と逡巡している。

 こういった想像は、主に先史考古学(石器などの遺物や遺構の研究)と自然人類学(化石など骨の研究)をベースにしたものだが、それらに加えて、進展が著しいゲノム科学や進化生態学の知識を縦横無尽に駆使して、議論は立体的に進んでいく。特に興味深いのは、作物を「進化」させる「人為」が、我々自身をもまた変えていく数々の実例だ。

 四〇〇〇年前のエジプトで栽培されるようになったエンマーコムギが、いかに自然と人為の選択を受けて、現在のパンコムギにつながっていったのか詳細な理解が進みつつある現在、こういった穀物の普及にともなって、我々の方も唾液の中でデンプンを分解するアミラーゼを多くして対応してきたことが分かってきた。これは、アミラーゼ遺伝子のコピー数を増やすことでなしとげられた適応だ。

 あるいは、乳製品を産する牛などの家畜化が進むと、乳児は持っていても成人では失われるラクターゼ(乳糖分解酵素)の活性が生涯にわたって持続する進化が、独立して少なくとも五回は起こった。今では全人類の成人の三分の一が、お腹をゴロゴロいわすことなくミルクを飲める。ヒトは自然に介入するものであり、自ら介入されるものでもあるというのが、本書に通底する基本的な考えだ。

 三〇〇ページ近い本文の最後には、遺伝子組換え作物についての章がある。著者はそれを「進化の問題」と位置づける。危険ではないかという指摘に「リスクは非常に過大評価されがちで、その一方で持続可能な食物生産という潜在的な利益についてはあまりにも認識不足」と反論する。実際、本書のような大きな構えで、人類と食べ物をめぐる共進化の歴史を概観した後では、人為と自然の境界は以前よりも曖昧に見える。二一世紀の科学の到達点から「食」を振り返ることは、「人為と自然」といった枠組みを揺り動かす、いわば世界観の問題にもつながっていた。

Jonathan Silvertown/エディンバラ大学の進化生態学の教授。同大学の進化生物学研究所に所属。『An Orchard Invisible』で「ニューサイエンティスト」誌の年間ベストブックを獲得。
 

かわばたひろと/1964年、兵庫県生まれ。作家。著書に『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』等。

美味しい進化: 食べ物と人類はどう進化してきたか

ジョナサン・シルバータウン,熊井ひろ美(翻訳)

インターシフト (合同出版)

2019年11月20日 発売

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