裁判の中で、B子さんの遺族は意見陳述を行い、B子さんについて「幼いころは我慢強い子でした。努力を惜しまず、頑張っていた」と振り返った。しかしB子さんは徐々に精神状態を持ち崩し、職場の上司から電話で「精神が不安定なので、迎えに来てくれないか」と伝えられたという。
「もっと早く異変に気が付かなかったのかと思っています。その後、自宅で就活をし、3カ月後、『住み込みのバイトをする』と言っていました。18年1月、娘は『行ってくるね』と言い、出て行きました。それが最後の言葉になりました。いつも通り、『また会える』と思っていました。LINEをすると、goodスタンプがありました。しかし心配だったので、2時間後、娘の部屋へ行きました。以前と違って整頓されていました。日記を見て、『遅かった』と思い、全身がすくみました」(B子さんの母親)
「娘の写真、歯が見えているもの、へその緒を持ってきてほしいというのですが…」
B子さんの日記には「消えたい」「死にたい」と書かれていた。
「勘違いであってほしいと思いました。追いかけようか? と思いましたが、行き先はわかりません。電話をしたのですが、つながらない。バイト先に電話をしても情報は得られませんでした」
その日からB子さんが帰ってくることはなかった。家族は心配して眠れない日々を過ごした。3カ月後、警察から電話があったという。
「手配書を作成することを提案されました。全国の警察署に情報を共有するというのですが、もし、娘がそれを知ったら、不快にならないだろうかとも思いましたが、お願いしました」
それから7年間、有力な情報は何も入ってこなかった。しかし25年6月、大宮署から連絡があった。
「夫の電話に連絡がありました。娘の写真、歯が見えているもの、へその緒を持ってきてほしいというのですが、思うように探せませんでした。白骨化して死体になっているとはどういうことかと思いました。DNA鑑定で娘とわかりました。遺書もあったということです」