直木賞作家・今村翔吾氏の長編歴史小説『海を破る者』(文春文庫)には、遠い西域から連れてこられた女性・令那(れいな)が登場する。作中にひらがなで記された故郷の名は「きいえふ」。なぜ鎌倉時代の元寇を描く物語に、現在のキーウにつながる土地の人物を置いたのか(全3回の第2回)。
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「きいえふ」が書かれたのは2016年だった
――『海を破る者』には、令那という、西域から連れてこられた女性が登場します。
今村 そうなんです。
――作中では、出身地がひらがなで「きいえふ」と書かれていますね。
読んでいる途中で、「これはキーウだ。現在のウクライナから連れてこられた女性なんだ」と気づいて、ハッとしました。
『海を破る者』の連載が始まったのは2020年です。ロシアによるウクライナへの全面侵攻は2022年ですから、それより前に書かれた物語ですよね。
今村 そうです。もっと言えば、これ、一度短編で書いているんですよ。
それが2016年なんです。
だから、令那という人物や、キーウ周辺を故郷にした設定は、その時からありました。
――後の戦争を予想していたのでしょうか。
今村 予想していたわけではないです。偶然といえば偶然です。
ただ、ウクライナ周辺というのは、歴史上、ものすごく狙われやすい場所なんですよね。
――現在に限ったことではない。
今村 元寇よりも前から、何度も争奪の舞台になっている。
僕たちは地図だけを見ると、ウクライナも、その東側の土地も、同じように見えてしまうかもしれない。でも、実際には山や森の深さ、土地の条件が全然違うんです。
ウクライナは穀倉地帯ですから、大軍をさらに西へ進めようと思えば、食料を確保するためにも非常に重要な土地だった。
――モンゴル帝国にとっても重要な場所だったのですね。
今村 そうです。モンゴル帝国はキーウ周辺を制圧して、さらにポーランド方面などへ進んでいく。
西へ攻めるための一大拠点にしたかったんでしょうね。だから、歴史の中で何度も巻き込まれてしまう。
川もあるし、比較的雪も深くない。いろんな条件がそろっていて、後の時代にも重要な土地であり続けたんです。
――令那の出身地には歴史的な裏付けがあったわけですね。
今村 そういうことですね。まったく根拠なく置いたわけではないです。
「当時の言葉が、ほとんど分からない」
――元寇の前後だけでなく、遠く離れた土地の歴史まで調べて描くのは、大変ではありませんでしたか。
今村 大変でしたね。
特に今回、令那が話す言葉が結構大変でした。
――13世紀のキーウ周辺で話されていた言葉ですか。
今村 そう。当時の言葉を直接たどれる資料が、ほとんど見つからないんですよ。
あの地域は何度も侵攻や支配の交代を経験しています。文字で残すだけではなく、吟遊詩人が歌として歴史を伝える文化もあった。
ただ、その当時の言葉が実際にどんなものだったのかは、ほとんど分からない。
――現在のロシア語やウクライナ語を、そのまま使うわけにもいかない。
今村 そうなんです。
言語学的に遡ってみても、現代のロシア語そのものではないやろうなと。でも、まったく関係がないわけでもないだろうし、似ているところはあるのかもしれない。
大学の研究なんかも見て、遡れるだけ遡りました。そこが一番大変やったかもしれないですね。
――合戦の場面ではなく、令那の言葉が執筆の大きな難所だった。
今村 そうですね。
遠い国から来た人間を出すだけなら簡単かもしれない。でも、その人にも、その人が生きてきた土地があって、言葉がある。
そこを考えて書かないと、人物として立ち上がってこないですからね。
※本記事は、「坂の上のラジオ」(毎週土曜正午から南海放送ラジオで放送中)の今村翔吾氏ゲスト回を元に再構成しました。聞き手は同局アナウンサーの佐伯りさ氏。


