13世紀、ユーラシア大陸を席巻したモンゴル帝国が日本に襲来した「元寇」。伊予の没落御家人・河野六郎通有(こうのろくろうみちあり)は、なぜ身を守るための石築地の“外”に陣を張ったのか。直木賞作家・今村翔吾氏が、史実に残された奇妙な行動から長編歴史小説『海を破る者』(文春文庫)を生み出すまでを語った(全3回の第1回)。
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せっかく造った防塁の“前”に陣取った男
――『海を破る者』は、元寇でモンゴル軍を退けた伊予の御家人・河野六郎通有を主人公にした長編歴史小説です。河野通有に目をつけたきっかけは何だったのでしょうか。
今村 まず、元寇を書こうと思ったんですよね。それで調べている中で、「なんか訳分からん行動してる奴が一人いるな」と。
――訳の分からない行動ですか。
今村 有名な「河野の後築地(うしろついじ)」です。
蒙古襲来に備えて、海辺に何年もかけて防波堤みたいな石垣、石築地(いしついじ)を造ったんです。ところが河野だけは、その前に陣を張る。敵に近い海側へ出てしまうんですよね。
――せっかく造った防塁を使わない。
今村 当時の御家人の記録なんかでは、「河野は勇敢さを示そうとした」とか、「無謀だ」とか、「そこまでして手柄を取りたいのか」とか書かれている。
でも、そうじゃない理由やったら何だろう、と考えたんです。
そこから逆算すると、「こんな物語があったんじゃないか」というのが、ぶわっと浮かんできた。
――何をするために、石築地の外へ出たのか、と。
今村 もしそれが、単に「戦うため」とは全然違うことだったならば、どういう人生を送れば、この鎌倉時代の御家人の意識がそこまで変わるのか。そこを考えていきました。
調べてみると、河野一族にはいろんな葛藤があって、泥沼のお家争いをしている。それが元寇の直前になると、急激にまとまっているんですよ。
では、そこに何か一つピースがあったとしたら、どんなものだろう。さらに盤面を広げて、世界に目を向けていく。その中で、物語がどんどん構築されていったという感じですね。
――私なら、史実を聞いて「勇敢だったんだな」とか、「少しでも手柄を立てるために目立とうとしたのかな」と思って、それで終わる気がします。
今村 そうね。でも、やっぱりちょっと奇異というか、奇妙には感じたんですよね。
この行動に物語があるとすれば、どんなものだろう。それを考えるのが、僕の小説の作り方なんやと思います。