台風が来る前から、鎌倉武士は敵船に乗り込んで戦った

――元寇は、「神風が吹いてモンゴル軍を退けた」と教科書で習った気がします。それだけではなかったのでしょうか。

今村 それだけじゃないですね。

 台風が来た事実はあるんですけど、それ以前に鎌倉御家人はだいぶ戦っていますからね。

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 攻められて、海岸で守っているだけじゃない。こっちから敵の船に乗り込んで戦っています。

博多湾から望む志賀島。元寇の激戦地の一つ

――私も、この本を読んで初めて知りました。モンゴル軍も、日本の武士の戦意の高さには驚いたのでしょうか。

今村 そうでしょうね。

 モンゴル軍は、西はポーランドまで攻め込んでいるんですよ。東は日本まで来ている。ものすごく強大な軍です。

 ポーランドでは、ヨーロッパ側の連合軍と戦って、一日で壊滅的な打撃を与えている。それくらい強い。

『蒙古襲来絵詞』より元寇のようす

――そのモンゴル軍を、日本は二度にわたって退けた。

今村 そうです。もちろん台風の影響もある。でも、その前に鎌倉武士が相当戦っているんですよね。

――それほど強い相手を前にして、なぜ激しく抵抗できたのでしょう。

今村 なんやろうね。当時の鎌倉武士が荒っぽかったというのもあると思うんですけど、日本人の性質みたいなものもあるのかなと。

 本土を直接攻撃された時に、ものすごい防衛力を発揮する。一気にスイッチが入るというか。

――島国だからでしょうか。

今村 イギリスにもグレートブリテン島の戦いがあった。似たようなことが起きていますよね。どちらも島国です。

 大陸続きで隣に国があると、普段から往来もあるし、仲良くなることもある。いい方向にも働くんですけど、攻められることに対する感覚も、島国とは違うのかもしれない。

 日本人は、海の外から軍勢が来ることに対して、ものすごく強いアレルギー反応を起こす。いい意味でも悪い意味でも、そこが強烈なんやと思います。

――その鎌倉武士の中でも、河野通有は防塁の外へ出た。

今村 そうですね。

 なぜ、わざわざ石築地の外に出たのか。その理由が「勇敢さ」でも「手柄」でもなかったとしたら――。

 そこから『海を破る者』は始まりました。

「坂の上のラジオ」出演時の今村翔吾さん

※本記事は、「坂の上のラジオ」(毎週土曜正午から南海放送ラジオで放送中)の今村翔吾氏ゲスト回を元に再構成しました。聞き手は同局アナウンサーの佐伯りさ氏。

海を破る者 (文春文庫)

今村 翔吾

文藝春秋

2026年7月7日 発売

次の記事に続く 「ロシアの全面侵攻より6年前に“きいえふ”を書いていた」今村翔吾が元寇小説に“キーウから来た女性”を登場させた理由