「それなら任意引退にする」あっさりと交渉は終わった
これでわれわれの腹は決まった。残留する道などありはしない。アメリカ行きを決意した。「任意引退すればメジャーに行ける」という確証があった。
そして2回目の交渉。それが、12月21日のことである。
またも同席を断られた私は、前回と同じようにロビーで話し合いが終わるのを待った。少し長丁場になるぞと腰を落ち着けたとたん、野茂が戻ってきた。
「やりました!」
「どうしたの?」
「任意引退です!」
これでアメリカ行きの道が開けた。野茂のあんな笑顔を見るのは初めてだった。そう、その後アメリカでノーヒット・ノーランを達成したときのような、少しはにかんだ、しかし満面の笑みだった。
交渉の中身はこうだったらしい。野茂があらためて複数年契約を申し入れると、言下に断られた。年俸についても前回と同様だった。実は前年の契約更改時に「来期、減俸しない」という約束で契約にサインしていた。そんな言い分に承服できるはずがない。
「複数年でなければ契約しない」
腹を立てた野茂が強く主張すると、案の定こう言ってきた。
「それなら任意引退にする」
「いいですよ」
それで話は終わった。
球団が複数年契約を認めなかった「呆れた理由」
手続きの証人として同席が認められ、私が部屋に入ると、そこには球団関係者が8人顔を揃えていた。
引退のための書類が用意されるまでの間、私は前田社長に聞いてみた。
「どうして複数年契約がだめなんですか」
すると前田社長は答えた。
「赤字だから」
私は内心、猛烈に頭にきて、つい口走ってしまった。
「赤字なら身売りすればいいじゃないですか」
赤字は選手のせいではない。球団が企業努力を怠っているからに過ぎない。選手は一生懸命がんばっている。野茂にしても、肩に故障が発生し、その年のシーズン後半を棒に振ったのは、自分のせいではない。
過去5年間、懸命に投げ続けてきた疲労が蓄積したためである。それを選手のせいにして、チームへの貢献を評価せずに、減俸まで持ち出すとはどういうことか。
「あんたにそんなことを言われる筋合いはない!」
球団側も色めき立った。
「だったらこっちだってそんな話は聞きたくありません。チームが赤字か黒字かなんて、選手には関係のないことです」
任意引退の承諾書が準備され、テーブルの上に届けられた。野茂が署名のうえ捺印した。
そのとき、歴史が変わった。
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