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手話狂言の誕生
やがてイタリアのパレルモで世界ろう者演劇会議が開かれることになった。
「そこで黒柳さんが狂言を勧めてくれて、短くて面白い狂言と手話を合体させようという黒柳さんのアイデアで、(狂言師の)三宅先生から狂言を教わりました」
こうして手話狂言が誕生した。
「劇団の大切な宝として、これからも持ち続けて、新しい人たちに引き継いでいきたい」
井崎さんが手話で語る間、冒頭と同じくずっと無音が続く。だが身振りと表情から当時の興奮と熱い思いが伝わってくる。手話による“熱弁”だ。
そんな井崎さんの横に、一枚の少女の絵が飾られている。特徴的なその絵柄から、絵本作家のいわさきちひろの作品とわかる。ちひろと言えば『窓ぎわのトットちゃん』の挿絵。黒柳さんの自伝的物語で大ベストセラーとなり、20以上の言語に翻訳され、最も発行部数の多い自叙伝としてギネス世界記録に認定されている。黒柳さんはちひろが描く子どもたちの姿に共感し、著書の挿絵に選んだ。
『窓ぎわのトットちゃん』の刊行は1981年。前後して手話狂言が生まれる。発案者の黒柳さんへの感謝と敬意を込めて、ちひろの絵が飾られていたのだろう。

