ファンダムという推し活の構造

 両親が調べたファンクラブの仕組みはじつにうまく作られていた。ファンダムと呼ばれるように、一種の王国を形成している。頂点に位置するのが推しで、垂直構造になっている。ファンは貢献度に応じて細かく階層化され、上位に行くためにはグッズやライブに投資しなければならない。つまり投資するお金に応じて貢献度が計られる。ファンの間の相互監視システムも細かくルールが決められている。上位に位置してもそれは不安定で、気を抜くと転落する。絶えず階層から落ちそうになる危機感と、「あなたが育てている」「あなたが支えている」という満足感が交互に与えられる。少しでも手を抜けば他のファンに出し抜かれてしまうという競争意識も煽られる。これらすべてがアディクション化する要素になる。

 多くのアイドルのファンクラブはほとんど同じ構造で運営されている。

 これらはファンが自発的に溺れるように仕組まれている。彼女は警察にも、推しの所属する事務所にも訴えたが、誰のせいでもないあなたの娘がすすんでやったことだ、と言われるだけだった。

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 このような現象は、推し活をよきものとする風潮によって、未成年にも及んでいる。

 知人の支援者によれば、親の虐待によって保護された17歳の少女たちが、スマホをとおして推しへの投げ銭にハマり、そのお金をパパ活で得るという姿は珍しくないという。

 朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』(日経BP)は2026年本屋大賞受賞作。ファンダム経済を仕掛ける側、のめりこむ側、かつてのめりこんだ側、三者の運命が交錯する。

 ホス狂いという現象も、推し活の変形だ。しかしそこにはジェンダー差があるように思う。女性の場合、推しているのは自分なのに、その能動性の発露が屈折した対象支配になっている。いっけん奴隷化のように見えるのだ。

「こんな私が彼を推せるなんて……推しになってもらってごめんなさい」「これだけしか出せないの。こんな私でごめんね」

 彼女たちは、ひれ伏して、推しの奴隷のようにふるまう。推しに対する自分の奉仕を計るのがお金なのだ。ホスト(推し)に貢ぐ金額が、彼女たちの推し活の熱意を証明している。こうして彼女たちは風俗でギリギリまで働き、そこで得たお金を推しに注ぎ込む。自分の出したお金によって推しが一瞬やさしくしてくれる瞬間が「短期的報酬」となるのだ。ホストのふるまいはこのような彼女たちの奴隷化を計算したものだ。わざと荒っぽい言葉を使い、時には暴力的にふるまう。そのように扱われることが、推しからの関心を得た証明になる。

 推しという主体性を保障する言葉が、いっぽうでこのような奉仕と奴隷的行為につながっていくことは珍しくない。