「前田家は幕府と朝廷という二つの大きな力の間で、どちらにも与し切らず、独自の立場を守り続けた。今のアメリカと中国の間にあって、日本はまさに前田家の道を行くべきだと思っています」

 そう語るのは、歴史時代小説の第一人者、作家の安部龍太郎氏だ。安部氏は、2026年5月に加賀前田家三代――利家、利長、利常を描いた大河長編『銀嶺のかなた』の完結編『みやびの楯』を刊行したばかり。中央政権の立場からではなく前田家の側から見た日本の戦国・江戸時代、さらには、現代の日本が前田家から学べる知恵について語った(聞き手・構成 川田未穂・文藝春秋文藝出版局編集委員)。

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歴史に埋もれた二代目・利長の死の謎に迫る

――利長という人物は小説では非常に魅力的に書かれていますが、歴史上では結構埋もれた存在になっている。これはなぜでしょうか。

安部:利長の能力というのは、資料を見れば一目瞭然なんですよ。加賀藩の十村制や鉱山開発に着手しているのも利長です。なぜこんなに評価が低いんだろうと思って資料を調べるうちに、「毒を召された」という記述が出てきました。

大河長編『銀嶺のかなた』で加賀前田家三代を描いた安部龍太郎氏 ©文藝春秋

 利長が亡くなる10日前に禅宗の師に送った手紙も、自らの死を覚悟したような内容になっている。最後には「家を守るため、国を守るために毒を召された」と記した『壊恵(かいけい)夜話』という記録もある。前田家は自分の藩史を後世に残すために、記録はちゃんと消さずに残しているんですよ。本当に抹消したかったら燃やしていますし、財務省みたいに黒塗りにするはず(笑)。藩史に残したのは「わかる人はわかってね」というメッセージではなかったろうかと思っています。

安部龍太郎氏の大著『銀嶺のかなた』

 これを読んで服毒死は真実なのだろうと思いました。けれど、前田家としてはこれを表には出したくないという事情があって、全体的に評価が下がっていったんだろうなと想像しています。小説に書いていいものかどうかについても、書く直前まで迷ったんですよ。ところが、三代の利常が利長への供養と感謝を込めて建てた瑞龍寺には、お寺の一番奥、本来なら本尊を祀るべき場所に、本尊ではなく利長の位牌が祀られているんです。