「俺は何者でもない」お笑いを辞め、バンドでもうまくいかない時期が続いた

――芸人をやめられてからは、何を?

AMEMIYA バンドを組みました。ノンストップバスの影響もあって、ファーストライブから80人ぐらい来てくれたんですよ。でも結局ノンストップバスのファンでしかなくて、次にやったらもう「ゼロ」です。

バンド時代のAMEMIYA(写真提供=本人)

――厳しい。

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AMEMIYA その次に『爆笑オンエアバトル』の歌手編の『熱唱オンエアバトル』に応募したら出られることになったんです。ノンストップバス時代は何回か出演させてもらったけど1回しかオンエアされなかったのに、歌手編では400KBオーバーでいきなりオンエア。

 でも終わった後、ディレクターさんに首根っこをつかまれて「調子乗ってんの?」って。歌う前にしゃべり出しちゃったんですよ。「よーいスタート」で歌いださなきゃいけないところを、笑いを取りに行ってしまって。

「元ノンストップバスだから出してやったのによ」みたいに言われて、お笑いだけじゃなく歌でも、NHKでも「終わった」と思いましたね。そして彼女にも振られました。

――すごい、ノンストップで不運が。

AMEMIYA それで実家に帰り、親父のところでバイトをさせてもらうんですけど、その時にやっとお金の稼ぎ方を勉強したんです。それからあらためてバンドを組んで、6年やったお笑いコンビ、6年やった音楽活動、両方とも駄目になって2009年、31歳の時に全部終わりになりました。当時付き合っていた彼女の家に転がり込ませてもらって、それが今の奥さんです。

――じゃあ、奥さまはAMEMIYAさんが一番つらかった時を知っているんですね。

AMEMIYA 本当に。メッキをどんどんはがされた時期でした。ジャニーズじゃねえんだと。ナベプロじゃねえんだと。ノンストップバスでもねえんだ、俺は何者でもねえんだって、むき出しのまま音楽をやっていたけど、全然客は来ない。気づいたらアンガールズとかWエンジンとか、直属の後輩たちはどんどん売れていっていた。うれしいけど、悔しかった。

次の記事に続く 最高月収900万『冷やし中華はじめました』から16年…“テレビから消えた”扱いも受けたAMEMIYA(47)の意外な現在「今の方が忙しいかも」

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