2010年「冷やし中華ぁぁはじめました~」で大ブレイクを果たした弾き語りピン芸人・AMEMIYA(47)。世間からは「一発屋芸人」のような見られ方をすることもあるが、あれから16年たった現在も引き合いは絶えない。
仕事に加えて忙しいのが子育てだ。共働き、義母との同居、すれ違う生活サイクル……よくある家庭不和の原因を、AMEMIYAは「円満別居」という新しい形で乗り越えている。かつて全く子育てに参加しなかったという「ダメ父」時代から、現在自身が住む「父ちゃんマンション」での育児まで、余すことなく話を聞いた。
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「タバコを吸いまくるわ、お酒を飲むわ」亭主関白な一家で育った
AMEMIYA 僕よく文春オンラインのインタビュー記事読むんですよ。
――え、ほんとですか? うれしい。
AMEMIYA こっちが助かりまくっているんです。芸能人の『捧げる歌』を作る時、参考にさせてもらってる。だって情報に間違いがないじゃないですか。ちゃんと事務所チェックもしてるだろうし。
――今回ももちろん記事はご確認いただきますので、いろいろお聞きできればと思います(笑)。
AMEMIYA よろしくお願いします。
――小さい頃はどんなお子さんだったんですか?
AMEMIYA 幼稚園時代はビビリでしたよ。卒園アルバムとか、泣いてる写真ばっかりで。1個上の兄は元気で明るい感じだったんですけど、僕は結構兄の陰に隠れるような感じだったんじゃないかな。
――おとなしい子だった。
AMEMIYA そう思いますね。照れ屋だし。幼稚園の頃から脚が異様に細くて、そのことを気にしてました。みんな太くていいなって。
よく覚えてるのが、幼稚園の時ハチに刺された子がいたんですよ。で、「誰かオシッコできる人いる?」って先生が。今となっては意味ないことらしいけど、当時はアンモニアが消毒に良いみたいな風潮があったじゃないですか。「僕出るよ」みたいなことを言って、やったんですよね。
そしたら、みんなにその後からかわれて。「オシッコした、オシッコ」って。それでまた大号泣して。そうしたら、先生が怒って。「AMEMIYA君はこういう理由でやってくれたんだよ」って。あれなんだったんでしょうね。
――さあ……なんだったんでしょうか。以前インタビューで拝見したのですが、お父様が会社を経営されていたと。おぼっちゃまだったんですか?
AMEMIYA おぼっちゃまというほどでもないと思いますよ。父親はマーケティング会社の社長で、絵にかいたような亭主関白でした。家でタバコを吸いまくるわ、お酒を飲むわ、まさに「昭和の父親」という感じ。母親は専業主婦で、父親をすごくサポートしているタイプでしたね。
自分も最初は「亭主関白」だった
――そういうご両親の姿は、ご自身の夫婦観にも影響していますか?
AMEMIYA 影響を受けてました。父親ってそういうものだと。最初、子どもができた時、僕は子育てを何もしなかったんですよ。下手したら1~2年しなかったんじゃないかな。母親がやるものと思い込んでいたんですね。




