さらにエゴロワみたいに安定したフォームを習得しようと、鳥取で信頼する先生についてウエートトレーニング合宿を行った。

 しかし、しばらくして小出に引き戻されてしまう。彼もウエートトレーニングの効果は認めてはいたものの、それはあくまでメインのトレーニングを補うものにすぎず、走るのに必要な筋肉はやはり走ることでしかつかないと考えていた。これには一理あるのだろうが、有森は納得できなかった。

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聞こえ始めた「有森さんは特別だから」「わがままだ」の声

 試行錯誤を繰り返すなかで、「有森さんは特別だから」「わがままだ」という言葉があちこちから聞こえ始める。

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 これまで指示をきちんと守って、しっかり結果を出したのに、さらに先に進むためにやりたいことを申し出ても受け入れてもらえない。意欲をなくすと、今度は「燃え尽き症候群」と非難された。そのうちに体が動かなくなり、記録は落ちて足も痛み出した。すっかり悪循環に陥った当時を、彼女はこう顧みる。

《負のスパイラルに陥ったのは、気持ちが落ち込んでいるからか、練習環境が悪いからか、自分が悪いからなのか、分からなくなりました。コーチやチームメートともうまくいかず、チーム内で浮いた存在になったため、「有森はリクルートを辞めるだろう」という人も出てきた》(『日経ビジネス アソシエ』2016年2月号)

足の手術をする決断

 しかし、東京での世界陸上やバルセロナ五輪でともに日本代表として走った山下佐知子に相談すると、「あなたはリクルートを去ってはいけない。いい環境だから」と助言され、思いとどまる。それと同時に、ずっと悩まされてきた足の痛みの原因である足底腱膜炎を治すため、手術を受ける決断ができた。

 それまで有森は、親からもらった体にメスを入れてはいけないと思い、手術には抵抗があった。しかし、手術が失敗したら走るのをやめればいいし、成功して痛みがなくなっても、まだ走り続けるかどうか迷うならやめようと、気持ちに区切りをつけるべく手術してもらうと決めたのだ。

 こうして1994年11月、三重県津市の医院で、スポーツ医学の権威である医師から両足の手術を受けた。