豊臣秀吉の朝鮮出兵に揺れる東アジアを描いた『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞しデビュー、そして2作目となる『熱源』で早くも直木賞を受賞し、歴史小説界に新風を巻き起こした川越宗一さん。その後も歴史の転換点に生きる人々を見つめる歴史小説を書き続けてきました。
最新作『縁切りの宿 桂屋調べ帖』は、その系譜に連なりながらも新境地を切りひらく一作。江戸時代、上州(今の群馬県)に存在した縁切寺とその周辺で働く人々に材を取り、江戸から明治に移り変わる時代の「離縁」「離婚」を描き出しました。どのようにしてこの作品が生まれたのか、創作秘話を川越さんに語ってもらいました。
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妻側から離縁できる「縁切寺」で時代小説を
――本作は江戸時代にあった縁切寺・満徳寺の周辺で起こる出来事を描いた連作短編集です。縁切寺とは、女性が寺内で一定の年季を勤めれば晴れて夫と離縁できるという寺。満徳寺を取り上げるきっかけは何だったのでしょうか。
川越 『オール讀物』の担当編集者に、江戸時代が舞台のだいたい架空の話、という意味での時代小説の執筆をすすめられたのをきっかけに、題材を考え始めました。ちょうど大日本帝国憲法の制定をテーマにした明治時代の作品(編集部注・のちに『絢爛の法』として刊行)の執筆に取り掛かっていたころで、民法ができる前の夫婦はどんなだったかに興味が膨らみ、縁切寺を取り上げることにしました。
縁切寺は日本にもう一か所、鎌倉の東慶寺もあるのですが、作中にも書いた通り満徳寺は徳川将軍家の苗字の由来になった徳川郷にあり、その由緒が面白いと思いました。現地には書くと決めてから取材に行きましたが、資料館と復元された境内があり、知識と雰囲気の両面で当時のおもむきを感じましたね。
――「離縁」がキーワードになる作品ですが、そのなかでもタイトルが示す通り、「寺役宿」の役割がクローズアップされています。縁切りのために駆け込む女性を含め、満徳寺の関係者を泊めるのが寺役宿の役割ですが、この宿で働く人々を書こうと思ったのはなぜでしょうか。
川越 満徳寺での離縁の関係者には、寺を守る住職、実務に携わる寺役人などもいます。しかし、住職は聖域のなかにいて、実際に離縁が発生する俗世間とは隔てられているし、寺役人は武士なので、その言動には身分上の制約があります。一方、俗世の庶民として存在している寺役宿の人々なら、個々の離縁を見つめる視点と、物語上の立ち振る舞いの両面で動かしやすいと思いました。関係者の取り調べや探偵のようなことまでやっていたというのはフィクションですが、していてもおかしくなさそうな様子で史実に隙間があり、彼らに焦点を当てようと決めました。
――「夫が勝手に年季五年の歩兵になってしまったので離婚したい」「遊女屋から身請けされたが、その相手と手を切りたい」など、江戸時代ならではの興味深い離縁の理由がさまざま出てきます。参考にされたものはありますか?
川越 当時の離縁状(三下り半)と離縁のケース、縁切寺にまつわる高木侃の研究を参考にしています。そこから物語を膨らませていくにあたっては特に秘訣も工夫もなく、ひたすら机に向かってウンウンうなっていました。あとは先ほど「もう一か所の縁切寺」としてあげた東慶寺を舞台にした井上ひさしの小説『東慶寺花だより』に、ずいぶん影響を受けています。
