北朝鮮が世界に誇る芸術家エリート集団の暗躍
では、かつて個人の手で行われていた密輸が淘汰された現在、北朝鮮の製品は「どのように」中国へ入ってきているのか。
丹東市内の土産物屋には、現在も北朝鮮のビールやタバコ、化粧品などが並ぶが、これらは個人ルートではなく「専門の問屋」を通じて各店舗に画一的に卸されているという。
「このような北朝鮮製品は、北朝鮮から製品を仕入れる問屋のようなものがありそこから仕入れる。多くの土産物屋が同じ業者を使うからラインナップは似たり寄ったりだが、朝鮮族の店などは、朝鮮族コミュニティのコネで違うものを仕入れることも出来ている」(土産物屋店主)
一方で、現在の北朝鮮が外貨獲得の強力なカードとしている「美術品」の取引には、少し違った側面がある。その中心にいるのは、北朝鮮が世界に誇る芸術家エリート集団「万寿台(マンスデ)創作社」だ。
直近の丹東訪問で、私は市内のとある商業ビルを訪れた。全館電気設備点検のため休業中で、照明も監視カメラも落ちていた薄暗い2階の一角。そこに、本来なら休業中のはずの絵画店が開いており、独特の佇まいをした男女の姿があった。
昭和風の刈り上げ頭の男性と、一昔前の韓流女優のような髪型をした女性。彼らは私を見るなりバツの悪そうな顔をした。店主によれば、彼らこそが公式派遣されている万寿台創作社の関係者だという。
国家のエリートである彼らが、なぜ監視カメラの止まった薄暗いビルでコソコソしていたのか。正規の納品業務を行う一方で、店主の要望に応じた品を「個人的に」持ち込んだり、貿易の近況をヒアリングしたりと、人目を避けた独自の活動を行っていたのである。
統制下の国境に息づく人間たちの悲哀
1990年代から現在に至る約30年のブラックマーケットの変遷は、北朝鮮という国家がいかにして個人間の闇取引を統制下に置き、自らの巨大なシステムへと吸収していったかの歴史である。
土と磯の匂いが染み付いた軍装品や、墓から掘り出した勲章を売り払って生き延びた「無法地帯の時代」は終わった。現在取引されるのは、国家を潤す太陽光パネルや近代インフラ設備、そして問屋を通じて整然と流通するパッケージ化された民生品である。国境の密貿易は、コロナ禍を奇貨とした金正恩政権により、冷徹な「国家・党経済」へと完全に飲み込まれた。
しかし、扱う品が「土の匂いのする勲章」から「綺麗な民生品」に変わり、取引の主体が「困窮した個人」から「国家・企業」へと代わっても、最前線で立ち回っているのは結局のところ、自らの足で稼ごうとする悲哀に満ちた“勤め人”たちである。
体制がどれほど強固にアップデートされようとも、中朝国境という特異な空間には、あの頃と同じ泥臭くアンタッチャブルな熱気が、形を変えながら今も静かに息づいている。



