法律家を目指して勉強を続けたものの、司法試験には合格できなかった。余暇に書き始めた脚本が城戸賞に入選し、やがて『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』の脚本を担当する。脚本家・経塚丸雄から歴史時代小説家・井原忠政へ――その転身の軌跡を聞いた(全3回の最終回)。
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――井原先生の生い立ちを教えていただけますか。
井原 両親と兄との4人家族で、普通のサラリーマン家庭で育ちました。高校卒業後は中央大学法学部に進学し、司法試験合格を目指して勉学に励みました。当時はいわゆる旧制度ですので、合格率が低くとても難しかったです。数年頑張りましたが、合格できませんでした。
その後は、司法書士や土地家屋調査士を目指しもしましたが、勉強を楽しいと思えなかったのです。司法試験もそうですが、最終的に合格する人は「法律の勉強が楽しいな」というマインドを持っている人が多い気がします。私はその逆でしたから、どんなに頑張っても無理だったと思います。そうした中、余暇に書き始めたのが脚本でした。
――脚本が物書きの始まりだったのですね。
井原 ストーリーを考えたり文章を書いたりするのは以前から好きでした。昭和の脚本家・野田高梧さんが書かれた『シナリオ構造論』を何度も読んで勉強しました。
書き始めて少し経った頃、公募展があったので応募してみたら、1次審査や2次審査をすんなり通過したのです。そうなると、「文芸の才能があるんじゃないか?」と思うようになるわけです。それをモチベーションに続けることができました。3~4年続けるうちに今度は最終選考に残るようになり、手応えを感じました。
そして2000年、新人脚本家の登竜門と言われる城戸賞で入選を果たし、脚本家・経塚丸雄としてのスタートを切りました。入選作品の『連弾』は、竹中直人さんが監督を務め映画化されました。そこからは食うや食わずでしたが、バイトも借金もせず脚本家の道を歩んできました。
10人ほどのコンペで勝ち取った『NARUTO』の脚本
――ナルトの脚本も手掛けられたと伺いました。
井原 週刊少年ジャンプで連載されていた漫画「NARUTO-ナルト-」の劇場版第10作目として、「THE LAST -NARUTO THE MOVIE-」が2014年に公開されましたが、私が脚本を担当しました。10人ぐらいの作家が色々なプロットを出し合ってコンペが行われ、私のものが通ったのです。
本作の興行収入は最終的に20億円に達し、ナルト映画としては異例の大ヒットとなりました。また、映画公開に合わせた脚本のノベライズ化のお話もいただき、小説版も刊行しました。10万部を超える売上となり、私の小説家デビューのきっかけとなりました。
――2016年には、本格的に小説家としてデビューされました。
井原 『旗本金融道』という時代小説を書いてデビューしました。旗本の次男坊である新次郎が、急死した叔父の末期養子として母方の家督を継ぎ、裏稼業である金貸しの道を極めていくストーリーです。主人公の新次郎は大柄で腕っぷしが滅法強く、義理や人情を大切にする若者。三河雑兵の「茂兵衛」に通じるところが少しあります。
デビューの翌年、この作品が第6回歴史時代作家クラブ賞の新人賞に輝きました。ただ、受賞はしたものの、大ヒットとはなりませんでした。まだまだ小説だけで生計を立てるのは難しく、脚本の仕事も並行して行いました。
この頃は脚本家と同じ経塚丸雄名義で執筆し、『旗本金融道』シリーズを5冊、その他のタイトルで5冊ほど書きました。
