出版社から「筆名を変えたらどうか」

――井原忠政名義で初めて書かれたのが「三河雑兵心得」シリーズですね。

井原 実は三河雑兵心得シリーズを世に送り出すにあたって、出版社から「筆名を変えたらどうか」とご提案があったのです。

『旗本金融道』をはじめ、経塚丸雄名義で執筆した作品はいわゆる「時代小説」でした。時代小説とは、過去の時代の空気感や人々の暮らしを描くフィクション性の高い作品です。池波正太郎の『鬼平犯科帳』や藤沢周平の『蝉しぐれ』などがそうです。

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 一方で「歴史小説」というジャンルもあり、こちらは実際の歴史上の事件や人物にスポットを当てて描かれた作品です。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』などです。

「三河雑兵心得」シリーズは、2つのジャンルを合わせた「歴史時代小説」です。徳川家康や実際に起こった合戦などを扱いつつ、植田茂兵衛という架空のキャラクターをストーリーの軸に据えています。経塚丸雄の作品とは少し違った作風であることや出版社からの提案ということもあり、心機一転ではありませんが筆名を「井原忠政」に変更しました。ちなみに、筆名は徳川四天王(井伊直政、榊原康政、本多忠勝、酒井忠次)に由来しています。

自身のキャリアを語る井原忠政氏

――ストーリー展開は、「ホーンブロワーシリーズ」から着想を得たと伺いました。

井原 「ホーンブロワーシリーズ」は、イギリスの小説家セシル・スコット・フォレスターが書いた海洋冒険小説です。平民出身の17歳の青年「ホレイショ・ホーンブロワー」が様々な困難を乗り越えて、海軍士官候補生から大艦隊を指揮する提督に上り詰めるストーリーです。

 私が子どもの頃に触れた歴史の小説は、多くが偉人伝のような内容でしたが、「ホーンブロワー」はそうではなかった。心の中にすごく卑しいものを持っていたり、とても弱い存在であったりなど、非常に生々しい人間を描いています。偉人伝ではないちゃんとした文芸作品であり、学生時代にこの本と出会い、面白さにハマって愛読していました。

 当時は自分が物書きになるとは思ってもみませんでしたが、いざ長編小説を書こうと思った時に思い出されたのが「ホーンブロワー」でしたね。

読みやすさの秘密は「音読」

――井原先生の作品は、とても読みやすく感じます。

井原 ありがたいことに、そう言っていただけることが多々あります。そんなに文才も無いのに何でだろうと考えた時、1つ実践していることがありました。

 それは、「音読」です。私は原稿を書いた後、自分で声に出して読み上げます。そこで直感的に変だなと感じたり、読みにくいなと思ったところを修正しています。文章として読みやすさを感じていただけているのであれば、それは音読の効果かもしれません。

――今後についてどのようにお考えですか。

井原 アイデアは出てきているので書きたいことは色々ありますが、まずは戦国三部作を完結させることが第一です。一生懸命やってくださっている出版社にちゃんと恩返しをして、その後に創作意欲が有り余っていたら新しいものを書きたいと考えています。

 

井原忠政(いはら・ただまさ)
神奈川県出身。中央大学法学部法律学科卒業。2000年、脚本「連弾」が第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』などがある。16年、『旗本金融道(一)銭が情けの新次郎』(双葉社)で時代小説デビューし(経塚丸雄名義)、翌年、同作で第6回歴史時代作家クラブ新人賞を受賞した。20年、ペンネームを井原忠政に変えて歴史時代小説「三河雑兵心得」シリーズ(双葉文庫)の刊行を開始。同シリーズで日本ど真ん中書店大賞2023を獲得。22年、「北近江合戦心得」シリーズ(小学館時代小説文庫)、25年、「真田武士心得」シリーズ(文春文庫)の刊行を開始。また同25年、原作の漫画化作品である『羆撃ちのサムライ』が第54回日本漫画家協会賞まんが王国・土佐賞を漫画家の本庄敬と共に受賞した。26年には、井原戦国三部作で第15回日本歴史時代作家協会賞「シリーズ賞」を受賞。

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